宮内庁宮内公文書館・東京都立中央図書館・東京都公文書館共催 東京文化財ウィーク2017参加企画展「幕末の大奥と明治の皇城―和宮と昭憲皇太后―」の成果と課題

宮内庁宮内公文書館
篠﨑 佑太

共催展示会ポスター[図をクリック]

1.はじめに

 宮内庁宮内公文書館[1]では、平成25年度に国立公文書館・外務省外交史料館との共催で開催した「近代国家日本の登場」を皮切りに、年間1~2回ほど外部機関との共催展を開催している。平成29年度までに6回開催しており、展示会の一部は、国立公文書館『アーカイブズ』の誌面でも紹介をしてきたところである[2]。
 平成29年度は、東京都立中央図書館・東京都公文書館との共催展「幕末の大奥と明治の皇城―和宮と昭憲皇太后―」(10月28日~11月12日、11月2日休館)を、東京都立中央図書館を会場として開催した。本展示会は、東京都が多くの都民に文化財を身近に感じてもらうため、毎年催している東京文化財ウィークの企画事業として開催された。15日間という短い会期にもかかわらず、6600余名の方にご来館いただき、付属事業として開催したギャラリートークと講演会についても盛況であった。
 本展示会では、図録を作成しなかったので、本稿では展示会の概要を紹介すると共に、アンケート結果の分析をもとに成果と課題についてまとめ、公文書館における展示業務について展望を述べていきたい。なお、展示の企画・運営は3館の担当者間で協力して行ったが、本稿はあくまで私見であり、文責は筆者にあることをお断りしておく。

2.展示会の概要

第2会場の床面シート

 本展示会は、幕末から明治初年の江戸城、東京城、皇城を舞台に、そこを住まいとした和宮と昭憲皇太后の2人に焦点をあて、江戸から明治への変化について紐解くことを主題とした。展示会場は2つあり、会場ごとにその概要をまとめていこう。
 まず第1会場は、3館の原資料を中心に3つの章とエピローグで構成している。第1章「江戸と江戸城」では、明暦3年(1657)の大火で焼失する以前の江戸城とその城下町について、「江戸図」の比較などを行い、江戸時代の初めに整備・拡張された城郭と市街地の様子を紹介した。第2章「和宮とその時代」では、幕末に14代将軍徳川家茂と縁組した和宮の江戸での動静について紐解いた。この中では和宮の名前である「親子(ちかこ)」を記した孝明天皇の宸筆を展示した。また、東京都立中央図書館が新たに収蔵した江戸城大奥の建築関係資料である「豊田家文書」を用いて、大奥の意匠なども紹介している。第3章は「昭憲皇太后とその時代」と題して、明治元年(1868)に明治天皇が東京へ行幸(東幸)して以来、同6年の炎上まで利用された皇城を舞台に、建物の増改築の様子や昭憲皇太后のご活動に注目して紹介している。エピローグでは、明治以降の和宮の動静や、和宮と昭憲皇太后との交流について紹介した。
 次に第2会場では、写真や地図を中心に2つのコーナーを設けてパネル展示を行った。1つ目は「明治の皇城写真―江戸城の残影―」として、明治前期に撮影された皇城(江戸城)の古写真を展示した。さらに古写真が撮影された場所を当時の地図に落とし込んだ床面シートを作成し、撮影された場所をイメージしやすいよう工夫した。2つ目は「江戸から明治へ―地図で見る変遷―」と題して、中世から江戸時代、明治初年の地図を並べ、江戸市街地の整備や拡張の変遷を視覚的にわかりやすく展示した。
 本共催展の特徴として次の2点が指摘できる。1つには、東京都立中央図書館や東京都公文書館のみでは江戸城などの建築図面が展示の中心となるところを、宮内公文書館の資料を用いることで人物にも焦点を当てることができた点である。2つには、宮内公文書館のみでは明治6年の皇城炎上以前の様子はよく分からない部分も多かったが、明治元年以来連綿と残る東京府文書を用いることで資料の空白を補完した点である。このように、3館の所蔵資料の特性を活かすことで、従来以上に深みのある複眼的な展示を構成することができたと言えるだろう。

3.成果と課題

 ここでは共催展の開催に当たって実施したアンケートの結果を中心に、本展示会の成果と課題について分析していきたい。アンケートは675枚の有効回答があった。
 まず展示の評価としては「大変良かった」と「良かった」が94.1%であり、概ね好評をいただけたと言える。次に興味のあったコーナーは、第1会場が67.4%、第2会場が30.4%であった。このうち第1会場の「和宮とその時代」が25.3%ともっとも関心が高かった。また、第2会場の古写真と古地図の床面シートについてのコメントも多くあり、反響を呼んだようである。
 本展示会では、展示をより深く理解してもらうための試みとして、連日ギャラリートークを開催した。毎日の開催は運営側の負担も大きかったが、その分参加者からの評価は高かったようである。また11月4日に開催した講演会は、小粥祐子「江戸の町から江戸城へ―新出大奥図面の世界―」、篠﨑佑太「その後の和宮―明治時代の待遇と生活―」という2本の講演を実施した。100名の募集のところ300名近い応募があり展示会への関心の高さがうかがえる。その他にも、宮内公文書館としては初の試みであったが、東京都立中央図書館における企画展示の例にならい、キャプションの英語表記を記載したほか、音声ガイドを導入した。アンケート結果からも、これらの試みはいずれも高評価であり、継続した実施を検討する必要もあるだろう。
 こうした成果の一方、アンケートからはいくつかの課題も浮かび上がった。その1つは「企画展を知ったきっかけ」である。このうち東京都立中央図書館のポスターやHPなどで共催展示会を知った人が42.8%であったのに対して、宮内公文書館あるいは宮内庁HPで知った人は全体の2.7%に過ぎない。宮内公文書館の知名度の低さを浮き彫りにするものであった。また、来場者を年代別に確認すると、40代以上が約80%に及んでいる。会期のほとんどが平日であったこともあるが、平日は20時まで展示室を開けていたことを考えれば30代以下の来場が少ないように思える。若年層の来場を促すと共に、より多くの人に宮内公文書館を知ってもらうためには、展示会などを通じた利用促進業務の一層の充実が必要である。
 以上、アンケート結果をもとに簡単に本展示会の成果と課題を述べた。私の考える本展示会の最大の成果としては、公文書館と図書館が共催して展示を行えたことである。公文書館における展示業務は、利用促進の一環として実施するものである。しかし、アンケート結果も示すとおり、図書館に比して公文書館の知名度は圧倒的に低い。そうした中、図書館において共催という形で展示会を行えた意義は大きい。図書館は公文書館と比べると、より一般に身近な施設であり、その利用者は、博物館などと異なり展示を観覧に来るだけでなく、多様な目的をもっている。従来とは異なる利用者層に、展示会を通して宮内公文書館ないしは東京都公文書館の名前を知ってもらい、まずはそうした資料保存機関が宮内庁や東京都にある、と認識してもらうことができたことは大きな成果ではないだろうか。
 また、MLA(Museum・Library・Archivesの略称)連携として公文書館とその類縁機関である博物館、図書館との連携は近年注目されている。しかし、デジタルアーカイブやデータベースの共有などが行われているものの、総体としては未だ十分な連携が取れていないように思われる。日本の場合、全国のアーカイブズ機能の整備が立ち遅れた分、地域の図書館に「郷土資料」といったかたちで歴史資料や公文書などが保存されている場合が少なくない。そうした実情を鑑みれば、今後展示業務を含め公文書館と図書館の一層の連携が必要であろう。特に今回の共催展では、各会場に展示会に関連する図書を並べ、観覧者に手に取ってもらえるよう準備した。歴史に関心の高い人は多いが、資料を閲覧するために公文書館まで足を運ぶ人は多くない。関連図書の準備は、そうした人にまずは導入として図書を利用し関心を高めてもらうことができるだろう。そして、さらに調査・研究をしたい、という人に対しては公文書館を利用して実際に資料を閲覧してもらう、という段階的な利用を促せるのではないだろうか。この点は、図書館など類縁機関と共催展示を開催する一つの利点になり得るだろうと考えられ、利用促進を目指した公文書館展示の新たな例として示せたように思う。

4.おわりに

   本稿では、宮内公文書館・東京都立中央図書館・東京都公文書館が共同で開催した展示会の概要を紹介し、アンケートなどを基に成果と課題について簡単にまとめた。そして、公文書館と図書館による連携展示について、若干の私見を述べた。
 公文書(館)やアーカイブズといった言葉は、メディアなどでも利用されるようになり、一般の人々にも一定程度認知されるようになってきたといえよう。しかし、公文書館の業務や各館の持つ資料の特色、といった点まで考えれば、その実態を知る人は未だ一握りであると言わざるを得ない。展示会の開催など、公文書館の展示業務は利用促進の一環として行われているが、展示観覧者の増加が、すぐに利用者の増加という結果に結び付くものではない。しかし歩みはゆっくりでも、着実に、そして継続して進めて行かなければならない業務だろうと考える。そのための方法を宮内公文書館のみならず、全国の公文書館が模索している最中であるといえよう。今回のような図書館との連携などを含んだ新たな展示方法は、積極的に取り組んでいくべきであると思うし、そうした展示の成果と課題を共有していくことが、今後の公文書館における展示のあり方を模索していくうえで重要なのだと考えている。


[1]宮内公文書館については、丸山寿典「宮内公文書館について」アーカイブズ52号(平成26年3月)を参照のこと。
http://www.archives.go.jp/publication/archives/wp-content/uploads/2015/03/acv_52_p50.pdf
[2]例えば、宮間純一「宮内庁宮内公文書館・千葉県文書館共催展「皇室がふれた千葉×千葉がふれた皇室」の成果と課題」アーカイブズ59号(平成28年2月)
http://www.archives.go.jp/publication/archives/no059/4666