被災に備え、自治体間の「絆」を深めていくために
~埼玉県地域史料保存活用連絡協議会(略称「埼史協」)の活動から~

埼玉県立文書館
館長 山田 恵

1 はじめに

  埼玉県(以下「本県」という。)は、全国で自然災害の少ない県とされてきました。しかしながら、近年では異常気象により、想定を上回る自然災害が発生していて、事態は他人事では無くなっています。直近では、令和元年10月に起きた台風19号(東日本台風)が該当します。特に川越比企地域では、越辺川(おっぺがわ)の堤防決壊で川越市内の特別養護老人ホーム施設が浸水し、入居者・職員が施設に取り残されるという事態となりました。その他、川の氾濫などによる住宅浸水等の危機回避のため、県内ほぼ全域で大雨特別警報が出され、公民館や学校などに多くの住民が避難しました。台風被害は住宅・施設のみならず、農作物や機械工作物等にまで大規模に及びました。
  本県のような災害対策に不慣れな地域における備えは、どのように取り組んでいけばよいのか、その一例を御紹介します。

昭和22年(1947)9月 カスリーン台風で利根川が決壊し、冠水が続く大沢町(現越谷市) (埼玉県立文書館所蔵「埼玉新聞社撮影戦後報道写真」S220003-03)

昭和22年(1947)9月 カスリーン台風で利根川が決壊し、冠水が続く大沢町(現越谷市)
(埼玉県立文書館所蔵「埼玉新聞社撮影戦後報道写真」S220003-03)

2  埼玉県の災害・防災について

  もともと、本県は県土に占める河川面積の割合が3.9%、「全国2位」であることから「川の国」と言われています。昔から埼玉での自然災害といえば、河川の氾濫による「水害」であり、「河川対策」は治世の大きな柱でした。昭和22年(1947)に起きたカスリーン台風以降は数年に1回程度、台風等による浸水被害に見舞われてきましたが、河川改修などを重ねた結果、護岸決壊による災害は減少しました。ただ、近年では新たに市街化された地域において、自然の保水機能が失われるとともに、下水道の処理能力を上回る集中豪雨による内水氾濫という浸水被害が顕在化しています。
  さらに、最近では、地球温暖化等による異常気象のひとつとして、従来の想定を上回る台風等の被害が発生しています。本県では、令和2年3月、「令和元年東日本台風対応に関する検証報告書」を作成し、防災計画における県と市町村との役割分担などを明確にすることや平時からの協力体制を確認するなどの重要性が指摘されました。
  そこで、検証結果を地域防災計画等に反映させるとともに、各種マニュアルの改正や防災関連システムの改修等を実施し、県民の安心・安全の一層の確保に努めていくこととしました。

令和3年度(2021)地域史料実務研修会 ワークショップ「水損史料のレスキュー」

令和3年度(2021)地域史料実務研修会 ワークショップ「水損史料のレスキュー」

3 埼玉県地域史料保存活用連絡協議会について

  本県の防災対策のうち、特に古文書や公文書など地域の記録資料を守る活動の中心となる組織が埼玉県地域史料保存活用連絡協議会(以下、略称「埼史協」)です。
  この団体は、本県の市町村史編さん担当課所館の連携組織として昭和49年(1974)、「埼玉県市町村史編さん連絡協議会」という名称で設立されました。現在の名称に変わったのは、平成3年(1991)になります。会員数は、令和3年(2021)4月1日現在で、県と市町村併せて59の自治体になります。加入率は92.2%です。活動の主な目的は、歴史的公文書や古文書等の記録資料の保存・公開体制の推進や普及などになります。事務局は埼玉県立文書館(以下「当館」という。)にあります。活動の始まりは、昭和40年代以降に市町村史編さんが盛んになったことがきっかけでした。編さんに当たってのノウハウや共通する課題解決のために自治体同士で連絡を取り合うことが必要となり、組織化の動きが起こりました。そこで、当館及び旧浦和市・旧大宮市・越谷市が発起人となり、埼史協が誕生しました。都道府県レベルの史料協としては大阪府に次いで2番目の設立になります。
  昨今は、当初の活動の目的から、時代とともに課題が変わってきたことから、事業内容も課題解決に見合うものに変化してきました。現在の主な事業・活動としては、地域史料やアーカイブズに関する最新情報や、特に課題となっていることについての情報共有と、資質向上のための研修実施などが中心となっております。

4 埼史協における専門研究委員会の取組について

埼史協専門委員会による報告書(下段中央が『地域史料の防災対策』)

埼史協専門委員会による報告書(下段中央が『地域史料の防災対策』)

災害備蓄用保存箱

災害備蓄用保存箱

  令和3年6月に開催された全国公文書館長会議における討論会の中ででも御紹介させていただきましたが、埼史協では、これまで会員から有志を集い、その時々の課題に応じた研究を行う専門研究委員会を組織して活動してきました。平成26年(2014)度には、第七次専門研究委員会の活動のまとめとして、『地域史料の防災対策』という報告書を刊行しました。この報告書は、平成23年(2011)3月11日に起こった東日本大震災を契機に、地域史料に対する危機管理意識を強く喚起させられたことから始まったものです。本報告書では、会員が被災地における地域史料のレスキュー活動を支援するとともに、自らの防災意識を高めるため、県内市町村に「地域史料の防災対策の取り組みに関するアンケート」を実施し、その結果から浮かんだ課題解決の方策のひとつとして、「災害初期マニュアルの作成」などをまとめました。
  本年度も新型コロナウイルス感染症防止対策を徹底した上で、本報告書を執筆した専門研究委員を講師とした会員間の実務研修などを実施し、その模様を動画にまとめ、会員に限定配信しています。このように本報告書発行以来、継続して、防災実技の継承に取り組んでおります。
  また、埼史協では、防災対策の一環で、「災害備蓄用保存箱」を備蓄して、会員及び全国の被災地域に御提供する取組も実施しております。

5 埼史協の活動を通して

  埼史協の活動の成果としては、「50年近く県・市町村間との日頃からの連携が安定的に継続している」ということが挙げられるかと存じます。事務局である当館は、埼玉県庁と国道17号を隔てた場所に所在しておりますことから、市町村職員が県庁に来庁された際、当館に寄り、1階の市町村用連絡ポストから会員間での資料交換が出来るようになっています。また、日常的な情報交換、コミュニケーションが出来る場所(ステーション)として当館を御活用いただいております。
  このような取組は、たとえ被災経験の少ない自治体や担当者であっても、県内自治体のネットワークが有事の際に非常に重要な機能を果たすのではないかと捉えています。 
  今後は、非常時に備え、自治体同士の連携は勿論、自治体以外(大学・企業など)との連携も必要になってくると考えております。

6 おわりに

  ここまで、本県における防災対策の主体となる埼史協の活動について御紹介してまいりましたが、令和3年に放送のNHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公は本県深谷市出身の渋沢栄一翁です。渋沢翁は、関東大震災で自らが被災者となりながらも、先陣をきって復興に尽力されたといわれています。
  私たちは、郷土埼玉が生んだ渋沢栄一翁の道徳的精神を引き継ぎ、本県の未来に遺す歴史的価値のある地域史料を災害等から守るために、今後とも埼史協会員相互の連携・協力をさらに拡充するとともに、市町村との「絆」を深めてまいりたいと存じます。

<参考文献>
・令和元年台風第19号に関する埼玉県気象速報(熊谷地方気象台、
https://www.nhk.or.jp/weather-data/v1/city_disaster/gaikyo_pdf/saitama_20191012052400.pdf 令和元年10月15日)
・令和元年東日本台風対応に関する検証報告書(埼玉県危機管理防災部
https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/175503/200326-0310.pdf 令和2年3月)
・令和元年東日本台風を踏まえた「入間川流域緊急治水対策プロジェクト」
https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000782021.pdf 令和2年6月)
・附属資料1-5-2 平成29 年1月1日から12 月31 日までの間に発生した自然災害による都道府県別被害状況(『平成30年版 消防白書』消防庁、平成30年)
・近年の自然災害の発生状況(国土交通省HP、
https://www.mlit.go.jp/river/bousai/bousai-gensaihonbu/1kai/pdf/sankou.pdf )
・下水による浸水対策(国土交通省HP、
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/crd_sewerage_tk_000117.html/) 
・埼玉県地域史料保存活用連絡協議会第7次専門研究委員会編『地域史料の防災対策』(埼玉県地域史料保存活用連絡協議会、平成25年)
・渋沢栄一と関東大震災(「渋沢財団 史料館だより」326、『青淵』763所収、平成21年)