アジア歴史資料センターの20年

アジア歴史資料センター
センター長 波多野 澄雄

  アジア歴史資料センター(以下、アジ歴)は、わが国とアジア近隣諸国との歴史について、国が保管する歴史資料をデジタル化画像によって広く国内外に提供し、あわせて、近隣諸国との相互理解の促進に資することを目的に、2001(平成13)年に開設された。
  国が保管する歴史資料とは、外務省外交史料館、防衛省防衛研究所戦史研究センター、国立公文書館の3館から提供を受けたデジタル化資料であり、それらをインターネットを通じて無料で提供している。
  設立から20年を迎えるアジ歴は、現在でも、データベースの蓄積量、データベースの作成能力、アクセスの容易さにおいて、なお世界の最先端にあるものと自負しているが、その歩みと課題、今後の展望について簡単にまとめてみる。

1. 設立経緯と背景
  アジ歴の設立は、1994(平成6)年8月末に村山富市首相が発表した「平和友好交流計画」にさかのぼる。この平和友好交流計画には、青少年交流や研究交流といった事業と並んで、「歴史を直視」するための「歴史研究支援事業」の一つとして「アジア歴史資料センターの設立」が提言されていた。
  アジ歴構想の具体化は、同年11月、官房長官のもとに置かれた有識者会議に託される。有識者会議は海外視察などを踏まえ、翌95年6月アジ歴のあり方についていくつかを提言した。その第1は、「日本とアジア近隣諸国等との間の近現代史に関する資料及び資料情報」を幅広く収集し広く一般に提供することであった。
  有識者会議の提言からアジ歴開設までには、政権交代や行財政改革などの影響で一進一退を繰り返し6年余を要したが、必ずしも無駄ではなかった。というのは、当初計画の前提であった原本の集積を旨とする旧来型の史料館建設構想に対し、IT技術の急進展を見越し、電子情報の形で蓄積した歴史資料をインターネットを通じて広く提供するという方向転換が図られたからである。まだ普及が限定的であった1990年代後半、インターネットによる資料提供に踏み切ったアジ歴構想は、本格的なデジタル時代の到来に先駆けた、先見性のある取組みであった。
  そして、1999(平成11)年の閣議決定では、アジ歴開設の主要な目的は、わが国の政府機関が所蔵する、アジア近隣諸国等との歴史的関係にかかわる資料を広く内外に公開することによって、これら諸国との「相互理解の促進」に資する、という点におかれる。
  アジ歴開設を促した背景を広くとらえると、1990年代に入って、近代日本の戦争や植民地統治に起因する、いわゆる「歴史認識問題」が顕在化し、外交問題にもなっていたという事情がある。もう一つは、歴史資料の保存と公開のための取り組みが他の先進諸国に比べて相当に遅れていたという背景がある。そのため、日本の近現代史の研究と教育の遅れをもたらし、ひいては、近隣諸国との歴史対話を妨げる大きな要因とみなされたのである。

2.データベースの構築と検索機能
(1)データベース構築の基本方針
  アジ歴がデータベースの構築にあたって、最も注意を払っているのは、歴史資料としてのデータの信頼性の確保という点である。そのため、3館から提供された資料は、内容の改編はもちろん、訂正や加工を施すことなく、そのまま一般に提供すること、資料の分類や簿冊名などを各提供館における原本資料と同一にすることで、資料の歴史的背景の理解を阻害せず、また、利用者が原本を容易に確認できるよう努めている。
(2)目録情報の整備と検索機能の充実
  アジ歴は、海外の利用者を含め、より多くの人々の利用に供するため、データベースの目録情報の拡充や検索機能の充実に絶えず努力している。
  その1つは、3機関から提供されたデータについて、検索の際に利用できるよう資料本文の冒頭の300文字分をテキスト化していることである。アジ歴が独自に開発したこの方法は、「件名」だけではカバーできない部分を検索の対象とすることができ、キーワード検索の範囲と精度を格段に充実させている。
  2つ目は、英語による資料の件名検索も可能になっていることである。そして3つ目は、3館が所蔵する厖大な資料群をデジタルデータとして統合し、一括して横断検索やキーワード検索を可能にしている点である。
  そのほか、アジ歴では、大量の資料のなかから、求める資料に効率的にたどり着くための「絞り込み検索」機能などの開発も行っている。

3.成果と評価
  アジ歴がインターネット上で提供している資料は、2016(平成28)年には200万件,3000万画像に達した。3000万画像という数字は、3館の所蔵資料のうち、明治初年から第二次大戦終結までの間に作成・取得された資料全体の見積りであったが、約15年を経て目標を達成したことになる(2021年3月の時点で累計で約3200万画像を提供)。
  ちなみに、外務省外交史料館が所蔵する第2次大戦終結までの全ての資料のうち約80%がアジ歴を通じてデジタル画像で閲覧可能であり、防衛省防衛研究所についても、同時期の全所蔵文書(私文書を除く)のうち、「アジア歴史資料」に属する資料の大半は同じくアジ歴を通じて閲覧可能となっている。
  アジ歴は、まだ成長途上にあるが、少なくとも次の2点で成果を挙げてきた。
  第1は、特に海外に在住する利用者には、3館が所蔵する資料へのアクセスが容易になったことである。実際、海外の日本研究者から高い評価を得られている。
  第2は、一般のユーザーにも、歴史資料(特に一次資料)への簡便なアクセスと利用の途を開いた点である。言い換えれば、歴史研究を専門家の手から一般市民に開放する道を開き、歴史解釈や評価の多様化、新領域の開拓の可能性を大きく広げた。

4.課題と取組
(1)戦後資料への延伸
  関係学界や利用者からは、カバーする政府機関の範囲や対象時期を広げて欲しい、という強い要望が寄せられていた。
  こうしたなかで、終戦70周年を迎えた2015(平成27)年8月、安倍晋三内閣のもとに設置された「20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会」(21世紀構想懇談会)の報告書が、アジ歴の「充実」の必要性に言及し、「戦後の資料についても収集、公開する必要がある」と提言したことが後押しとなり、外務省や内閣府の協力を得て、戦後のアジア関係資料のデジタルデータによる提供を2017(平成29)年度から実施している。当面は1972(昭和47)年までを対象資料の範囲としている。
(2)リンク提携方式による提供資料の拡大
  提供する資料範囲の拡大を求める要望に対しては、デジタルデータの形で所蔵資料を公開する大学や地方の公文書館等とリンク提携方式による情報提供の拡大を試みている。最近ではスタンフォード大学フーバー研究所等にも広げている。
(3) 新規ユーザーの開拓
  アジ歴は、研究者だけでなく、学校教育や社会教育の現場でも有効に活用する方法も模索している。アジ歴資料を活用した「インターネット特別展」、中高校生や教員向けの「アジア歴史ラーニング」などの公開である。これらの取り組みは今後とも充実させていく必要がある。

おわりに
  アジ歴の開設を先導した前述の有識者会議は、アジア地域における関係諸施設の「ハブセンターとしての役割」を提言していたが、21世紀に入り、世界各地のデジタルアーカイブは急増し、技術的にも進化しつつある。こうしたなかで、アジ歴はどのような役割を担うべきなのか、改めて問い直し、確かな未来を展望する必要がある。