「国立公文書館所蔵資料展 近代日本と兵庫のあゆみ」について

兵庫県立歴史博物館
吉原 大志

はじめに
 平成31年2月9日から3月17日まで、兵庫県立歴史博物館(以下、「当館」という。)において、「国立公文書館所蔵資料展 近代日本と兵庫のあゆみ」を、国立公文書館と共同で開催した。以下では、本展の開催に至る経緯と展示の概要等についてまとめる。

【表1】兵庫県政150周年記念展示(クリックで大きく表示されます)

【表1】兵庫県政150周年記念展示(クリックで大きく表示されます)

1 展示にいたる経緯
 平成30年度は、各地において「明治維新150年」を記念する展示や催しが相次いだが、兵庫県では少し視角が異なり、「兵庫県政150周年記念事業」が取り組まれた。これは、明治4(1871)年の廃藩置県ではなく、慶応4(1868)年に兵庫県が設置されたことによるものである。その一環として当館では、館内の歴史工房室という無料の展示スペースを「兵庫県政150周年記念展示室」として、5期にわたって兵庫県の近現代史に関する展示を行った【表1】。その最終会期においては、毎年、国立公文書館が行っている館外展示を実施することで、県政150周年記念展示の総仕上げと位置づけた。
 各会期においては、主に当館の所蔵する近現代資料を中心に展示を行ったが、旧5国によって構成される兵庫県の近現代史を展示するにあたっては、個々の地域歴史資料だけではなく、国家的な視点からの資料もあわせて展示することで、より立体的な近現代史像を描くことが可能になる。そのようなねらいから、国立公文書館所蔵資料展の開催公募に応募し、実現した次第である。

2 展示の概要
 展示の作成と運営にあたっては、国立公文書館から鈴木隆春公文書専門官・竹田俊一公文書専門員が、当館からは神戸佳文と吉原が担当した。まず主要な展示資料について、国立公文書館所蔵資料から複数の候補を提案していただき、当館はその選定を行うとともに、関連する当館所蔵資料の提案を行った。そうした作業の結果、実際に出展した資料は【表2】のとおりである。以下、展示の概要をまとめる。

【表2】展示資料一覧(クリックで大きく表示されます)

【表2】展示資料一覧(クリックで大きく表示されます)

 第1章「明治政府と兵庫」(項目番号1~5)では、憲法の制定や国会の開設など、近代の諸制度の整備に関する資料を中心に展示した。初代兵庫県知事であり、初代内閣総理大臣でもある伊藤博文や、第1回衆議院議員選挙で兵庫県から選出された議員など、兵庫県にゆかりのある人物の名前が確認できる文書を紹介した。
 第2章「文明開化と兵庫」(項目番号6~11)は、電信、学校、鉄道、ガス灯、銀行等についての文書を展示した。例えばガス灯の設置に関しては、神戸の居留地における外国人がガス灯を建設することに関する照会文書等、県内の「文明開化」の諸相をうかがい知ることのできる内容であった。
 第3章「兵庫県の誕生」(項目番号12~19)は兵庫県域の変遷に関するものである。兵庫県は播磨など旧5国にまたがる広域県であり、現県域にいたるまでの変遷はきわめて複雑である。そこで、ここでは3次にわたる県域の変遷を図示したパネルをあわせて設置するとともに、兵庫県の設置を伝える伊藤博文の書状を兵庫県公館県政資料館歴史資料部門から借用し、展示した(項目番号13)。
 第4章「兵庫の近代産業」(項目番号20~27)は、港湾や鉱山、マッチなど、県内の近代産業についての文書を展示した。兵庫県の近代産業は、神戸を中心としたものをイメージしがちだが、当然ながら県内各地で様々な産業が展開したことから、播磨や淡路地域の産業についてまとめた「淡播農商工便覧」(当館所蔵)などもあわせて展示した。
 上記の展示について、2月9日(土)、3月2日(土)には、それぞれ竹田俊一専門員と吉原が展示解説を行った。このほか、展示会場内には、明治憲法や第1回衆議院議員選挙当選調書の複製を設置し、当該資料の全体を閲覧できるようにした結果、いずれも好評であった。
 また、出展一覧には掲載されていないが、初代神戸市長・鳴滝幸恭の肖像や、明治期のガス灯が写る写真などは、神戸市文書館から画像の提供を受けた。同館とともに、伊藤博文の書状を借用した県政資料館は、いずれも自治体史編さん事業の過程で多くの資料を体系的に保存しているアーカイブズ機関である。そこから資料や画像の提供を受けたことで、国立公文書館の所蔵資料を、いっそう豊かな視点から位置づけることができたものと考える。

3 展示を通じて
 以上、本展の概要をまとめてきた。当館からの出展資料は5点のみであるが、そのうち初めて出展したものが2点ある。ここでは、その初出展資料について紹介しておきたい。
 まず1点目は、「神戸名所之内 生田川鉄道蒸気」(項目番号9)という錦絵で、蒸気機関車が煙を吐きながら生田川の橋を通過するのを、川の両岸から人びとが見物している様子が描かれている【図1】。作成時期は不明だが、神戸―大阪間の鉄道開通は明治7(1874)年であるから、それ以後の作ということになる。

【図1】神戸名所之内 生田川鉄道蒸気(兵庫県立歴史博物館所蔵)(クリックで大きく表示されます)

【図1】神戸名所之内 生田川鉄道蒸気(兵庫県立歴史博物館所蔵)(クリックで大きく表示されます)

【図2】図1に描かれた弁髪の人物(拡大)

【図2】図1に描かれた弁髪の人物(拡大)



 この錦絵で興味深いのは、鉄道を見物している人びとである。旅装をしている人や、サーベルを差して馬に乗ったポリスと見られる人物などが見られるが、そのなかには、弁髪と思われる人物が描かれている【図2】。慶応3(1868)年の開港にともない、神戸では居留地が設置されたが、その面積が狭小であったため、居留地の周辺には雑居地が設定された。そのうち、居留地の西側の一角には、清国人街があった(現・南京町)。そのため、開港期の神戸においては、日常的に街の中で清国人を含む外国人と出会う機会が多かった。この錦絵に描かれた、弁髪と思われる人物が清国人であれば、まさにこうした開港場としての神戸の特質を反映した作品であると言えよう。

【図3】兵庫県管内全図(兵庫県立歴史博物館所蔵)(クリックで大きく表示されます)

【図3】兵庫県管内全図(兵庫県立歴史博物館所蔵)(クリックで大きく表示されます)

 次に、「兵庫県管内全図」(項目番号7)がある【図3】。この地図は、明治12年(1879)に作成されたもので、兵庫県を構成する旧5国を色分けして示している。地図右上には、県内の行政機関の所在や、神社、寺院の名称、各地の物産、港湾などについての情報があり、右下部分には、開港場となった神戸の街と港の地図が掲載されている。兵庫県は、3次にわたる県域の改編によって、明治9(1876)年にほぼ現在と同じかたちとなったが、その当時に作成された兵庫県域のわかる地図を当館の所蔵資料から探したところ、この資料を再確認できた。当館がいくつか所蔵する兵庫県全体の地図のうち、最も古いのがこの資料である。「兵庫県の誕生」という章の展示作業を行うことで再確認できたものであった。
 以上、本展を通じて初めて展示することのできた当館所蔵資料について紹介してきた。当館においては、平成19(2007)年のリニューアルによって、兵庫県の近現代史に関する常設展示スペースを設けることができなくなった。そうした現状のなか、本展の実施は、当館が所蔵する近現代資料を見直す重要な機会となった。今後、常設展のリニューアルや、近現代史分野の特別展を本格的に行う際には、今回のような所蔵資料の見直しが大切な意味を持ってくる。本展は、国立公文書館の普及事業の一環として行われているが、それを実施する館の側にとっては、自館の所蔵資料を見直す機会としての意味を持つことも強調しておきたい。

おわりに
 本展の会期中、当館にはのべ10,012名の来場者があった。国立公文書館所蔵資料展においては、過去最高の来場者数とのことである。同時期に特別企画展「姫路今むかしpart Ⅲ」を開催していたこともあり、多くの方々に来場していただけたと思う。
 展示解説等を行うなかで何名かの来場者の方々と話す機会があったが、国立公文書館の存在や「アーカイブズ」という言葉を、本展で初めて知ったという方が多かった。そもそもアーカイブズにおける展示事業は、アーカイブズの役割を広く社会に発信するためのものである。その意味では、社会教育機関としての博物館が、アーカイブズ機関と連携して普及事業を行うことの効果は大きいものと考える。逆に博物館の側にとっては、さきに述べたような近現代資料の見直しの機会としての意味があった。国立公文書館が、館外展示等を通じて他機関との積極的な連携を今後も継続されることを期待したい。