平成30年度アーカイブズ研修ⅡF班グループ報告ー学校教育との連携を意識したアウトリーチー

埼玉県立文書館 佐藤美弥
札幌市公文書館 谷中章浩

1. はじめに
 平成31年(2019)1月15日から17日まで、国立公文書館を会場に「公文書館等における普及啓発及び歴史公文書等の利用促進等について」をテーマに平成30年度アーカイブズ研修Ⅱが開催された。本稿は同研修会プログラムのなかで実施されたグループ討論におけるF班の議論を報告するものである。
 F班の構成員は国、県、市のアーカイブズ職員であり、本研修のテーマである普及啓発・利用促進のなかでも各種イベントの実施や教育・地域連携についての問題関心をもつ者が多かった。そのような問題関心を背景に、共通課題である「ある県立公文書館の職員として県政150年を記念する普及事業の企画立案」に取り組み、グループ課題として、イベント開催と教育・地域連携について検討した。
 1日目は共通課題を踏まえてのアイデア出しや各構成員の所属機関の事業に関する情報共有を行い、2日目には本研修の講義内容も踏まえながら企画の肉付けやディテールの検討を実施、3日目に企画をまとめ、発表を行った。
 以下ではF班における議論と立案した企画の概要について述べる。

2. 共通課題について

2.1. 各館の状況
 各館それぞれを取り巻く各種イベントや教育・地域連携に関する課題についての議論には、多くの時間を割くことはできなかった。それでも、館ごとに講演会(外部講師を招いて/内部職員で)、企画展や館外展示、外部での出前・出張講座など、各種イベントや教育・地域連携に対して各館で有無や濃淡のあることが共有できた。
 そうした前提を基に、また事前に提示されていた設定資料等を勘案しながら、グループで議論し、F県の県政150周年事業を企画することとなった。

2.2. F県県政150周年記念事業『アーカイブズでたどる今日までとこれから』の概要
 本事業は、10月1日(日曜日、置県日=「県民の日」)を中心軸にすえて、1)企画展示、2)シンポジウム、3)歴史新聞コンクール、の3点を事業の柱とした。
 本事業の達成目標としては「県民の県政に対する理解を深め、未来を考える契機とする」「公文書館の認知度アップ」「ポテンシャルユーザの取り込み」の3つを掲げた。1番目は事業自体の目標であり、過去の県政を知るだけでなく、それを将来の県政につなげたいという意図をこめた。2番目は公文書館(以下「館」と表記)としての目標であり、館の事業としては当然無視できないものである。3番目については、ポテンシャルユーザを「小学生やその家族を中心とした新規利用者」と設定した。これは事業の柱の3点目とも関わってくるものである。
 以上のような記念事業の詳細は2つのグループ課題に対応するものである。以下では、それぞれの事業について述べる。

3. グループ課題について

3.1. 企画立案の過程
 F班では県政150周年記念事業『アーカイブズでたどる今日までとこれから』と題して、企画展示とシンポジウムの2つのイベントを柱に記念事業を実施する企画を立案した。以下で企画立案の過程について簡単に振り返った上で、討論のなかで議論された、イベント開催(企画展示とシンポジウム)、教育・地域連携の内容について述べる。
 1日目の議論では、まず記念事業の内容のアイデア出しが行われた。企画展示、シンポジウムというある意味「王道」の事業が提案されたほか、県庁や駅での収蔵資料を活用した大判ポスターの掲出や新聞やテレビ・ラジオ放送などマスメディアでの広報など、自由にアイデアを出し合った。そして、県が置かれた記念日の前後に開催する企画展示とシンポジウムを軸とした記念事業を展開する方向性が固まっていった。
 2日目、3日目の議論では、企画展示は記念事業全体のテーマに沿って、アーカイブズの資料を用いて150年の歴史を知ることのできるものとすること、ただし、単に過去を学ぶだけではなく未来を展望できる内容とすること、また利用層、とりわけ若い世代の利用の拡大を期待できるものとすることなどが提起された。そのなかで、連続展示として時代を追って開催する、また館以外を会場として巡回展示を開催する、過去に実施された周年事業の成果を活用する、公文書だけでなく、近世以前の歴史については古文書を、また公文書の利用が難しい新しい時代については広報誌や写真なども利用して展示を構成することができるといったコメントがあった。
 以上のような議論を経て、あわせて研修の講義を通じて学んだ、アウトリーチの考え方や学校教育のプログラムのなかでのアーカイブズ資料の活用事例を踏まえ、プランがまとめられた。

3.2. グループ課題1 企画展示とシンポジウムについて
3.2.1. 企画展示
 館内で行う企画展示は大きく2期に分かれる。前期(7~8月)は、「F県を彩る人々」として、古文書や公文書その他所蔵資料を用い、県に縁のある人物にフォーカスを当てた展示を行う。前期展示は、後述するように小学校の地域学習との連携を意識した。
 企画展示の後期(9~10月)は、「公文書に見るF県150年史」というオーソドックスなものであり、展示資料としては公文書や写真・映像など所蔵資料を用いてF県150年の通史を描く。現代、特に平成に入ってからの時代に関しては、公文書の移管がまだ進んでいないことを考慮し、県の広報誌や写真資料などを積極的に活用する。また、地元大学の工学部建築学科に協力を仰ぎ、初代F県庁舎(石材及び煉瓦造、3階建)の30分の1サイズの復元模型を学生の課題の一環として制作してもらい展示する。
 さらに、前後期の展示をパネルに落とし込み、県内市町村への巡回展示も11月以降順次行う。250万人規模の県であり、県庁所在地から遠方の県民のことを配慮するならば巡回展示も必要ではないかとの意見から、本事業に取り入れることとなった。
 議論の全体の中では、オーソドックスな展示で目新しさはないが、こうした足元を固める展示が周年事業としては必要であるとの意見が多かった。

討論の様子

討論の様子

3.2.2. シンポジウム
 シンポジウムについては企画展示ほどには内容を深めることができなかったが、以下のような企画が立案された。
 後期展示中の10月1日に、事業2として挙げたシンポジウムを行う。これは、基調講演として県内大学の歴史研究者を講師に招き、県政150年を語ってもらった後、館長をコーディネーターとして、基調講演者、地域でまちづくりに関わっているNPOの方々、地元の大学生、県知事などを招いて、F県の将来をテーマとしたパネルディスカッション「F県の今日までとこれから」を実施するものである。また、この日には後述する「歴史新聞コンクール」の審査結果発表及び表彰式も行う。議論の中で、県政に関する周年事業を行うに当たっては「県民の日」を軸にしてそこに中核となるイベントを据え、また過去だけでなく将来も見据えた事業にするべきだという意見から、このシンポジウムを事業の柱の1つとした。

3.3. グループ課題2 教育・地域連携について
3.3.1. 小学校との連携
 本記念事業では郷土の人物学習を切り口とした「歴史新聞」の作成およびコンクール・入選作品集の頒布による、県内各小学校との連携に最重点をおいている。これはポテンシャルユーザの新規開拓であると同時に、教育・地域連携事業として力を入れて取り組むべき項目である。
 具体的には前期展示と同時期に地域連携として教員向けワークショップや「親子で公文書館を使ってみよう」という企画を立ち上げる。小学生を対象に館(あるいは地元博物館・図書館も含めて)で地域の人物について調べた結果をA3サイズの「歴史新聞」にまとめてもらい、事業の3点目に挙げたコンクールに出展してもらうものである。
 「歴史新聞」の入選作品については、後期展示途中の10月から、館エントランスにて展示する他、入選作品をまとめた冊子を製作し県内全小学校へ頒布し、校外学習のモデルケースとして各小学校で活用してもらうことを意図する。単にコンクールの入選作品発表・表彰で終わりにするのではなく、教材として活用できるところまで落とし込むことの必要性が、議論の中でも話題になった。
 この「歴史新聞」作成を通じて、子どもたちには小学校での夏休みの自由研究課題に館の資料を活用してもらうことを、館としてはポテンシャルユーザの取り込みを狙いとしている。この点が、F班で特に地域連携に関して最も時間をかけ議論した部分となった。
 子どもたちとその親、また小学校教員に対して、館の存在をまず知ってもらい、次に実際に使ってもらって一つの作品として「歴史新聞」を制作し、さらに入選作品集を各小学校に頒布することで、「認知」・「実践」・「実践のモデルケース集」のセットが揃う。ここから、次は新たな切り口で館の資料を小学校の郷土学習に生かしてもらうことを狙いとして、今回の事業案においては小学校との連携方法を第一に考えた。

3.3.2. 地元大学との連携
 地元大学の工学部とは、初代F県庁舎の復元模型の制作を通じて連携する。館の立ち位置としては工学部建築学科における教育課題の提供・制作依頼になる。大学側には建築模型の制作実践における学生の経験が、館としては展示品を得ることが、それぞれのメリットとなる。

3.3.3. 県内他文教施設との連携
 県内の他文教施設との連携には、1つは文化会館との連携がある。これはシンポジウムの会場として文化会館を使用することであり、館内に適当な大きさの講堂がないことから文化会館で実施することとした。もう1つは歴史博物館との連携であり、毎年夏休みの時期に歴史博物館で開催している教員向けワークショップを、今年は本事業との関連性から相乗り共催という形で、一部時間を割いてもらい教員に向けた館の説明・利用の仕方・学校教育への応用などについてレクチャーする。最後に、11月以降に県内市町村の公民館・市役所庁舎・市町村博物館等で巡回展示を行うことにより、展示会場としての連携を行う。これは各市町村で巡回展示を通じて館の認知度向上を図ることを狙いとしている。

4. 本事業の広報・予算・事業評価について

4.1. 広報
 広報については、WebやTwitterを活用する。Twitterについては本事業に併せて新たにアカウントを取得し、県に縁のある人物についての情報を1日1回ツイートする。Twitterの活用は、従来の利用者である中高年層だけでなく、青壮年層へのアウトリーチを意図したものである。
 また館外における広報活動としては、中心駅のデジタルサイネージを大きく使って広告を掲示する他、プレスリリース、「F県民だより」での特集などにより、本事業の周知を図る。

4.2. 予算
 予算については、本事業費として150万円計上されている内の50万円を広報関係(デジタルサイネージやチラシなど)に、シンポジウムのパネリスト等への謝金として30万円、「歴史新聞コンクール」の景品(図書カード)に5万円、入選作品集制作・頒布に20万円、展示パンフレット制作に45万円を充てる。

4.3. 事業評価
 最後に本事業の評価についてであるが、短期的には2点の評価方法を用いる。1点目はアンケートの記入・回収によって行う。特に「県政の理解」や「公文書館の新規利用者数・層の状況把握」などを中心に評価を行う。2点目は、会期中の入場者数によって行う。また、長期的な評価としては、特に前期の展示・「歴史新聞」作成とその成果物である入選作品集が、その後の小学校での郷土史学習の実践にどのように生かせるかが一つの指標となるであろう。事業の評価については議論の中でも最後まで形にならなかった部分であったが、結果としては現実的な評価方法に落ち着いた。

発表の様子

発表の様子

5. おわりに
 以上のようにF班のグループ討論では、企画展示とシンポジウムという「王道」ともいえる企画が議論された。そのうえで、本研修のプログラムのなかで学んだことを活用し、学校教育との連携によるポテンシャルユーザの獲得を目指す方向に展開することができた。
 今回のグループ討論は、様々な制約からいったん解放されて自由なアイデアを提起しつつ、設定された条件に基づいて実現可能性を探るというトレーニングの機会となった。構成員が所属するアーカイブズのミッションや課題はそれぞれ異なるが、今回の研修の成果を様々なかたちで日々の業務に活用していくことができるのではないだろうか。

 F班の構成員は以下の通りである。小畑晴美(国立公文書館)、堀米仁志(防衛省防衛研究所)、桜庭文雄(秋田県公文書館)、佐藤美弥(埼玉県立文書館)、小野祐平(香川県立文書館、発表)、谷中章浩(札幌市公文書館)、太田仙一(飯田市歴史研究所、司会)。
 本稿は1、3.1、5を佐藤が、2、3.2、3.3、4を谷中が分担執筆した。