平成30年度アーカイブズ研修Ⅱ A班グループ報告-新たな歴史学習のための公文書館によるアウトリーチ活動-

福岡共同公文書館 高木 美和
国立公文書館 森﨑 正統

1.はじめに
 本稿では独立行政法人国立公文書館主催の平成30年度アーカイブズ研修ⅡのA班グループ討議について報告する。
 A班は、今回の研修テーマである「公文書館等における普及啓発及び歴史公文書等の利用促進等について」の中でも、「教育・地域連携(教育研究機関への情報提供、学校へのアウトリーチ、官公庁・地元企業との連携等について)」に関心・問題意識を持つ以下の7名で構成された。参加者とその所属、及び役割分担は次のとおりである。(敬称略。所属は研修当時のもの。)

森﨑正統(国立公文書館・司会・執筆)、西村陽子(栃木県立文書館・書記)、三好康太(福井県文書館・発表)、前田能成(岡山県立記録資料館・司会)、髙木美和(福岡共同公文書館・執筆)、竹村到(板橋区公文書館・発表)、高橋道子(つくば市総務部総務課・書記)

A班メンバー

A班メンバー

2.県立公文書館の行うアウトリーチ活動の可能性
 グループ討論では設定された共通課題(〇〇県立公文書館職員、県政150周年事業の企画)を軸に実現可能なプランを検討した。県名は、古文書から平安女子をイメージして「ふくよか県」と設定した。

(2-1)グランドデザインの検討(自由発想)
 県政150周年事業として、県のあゆみと公文書館を周知する内容の企画展を実施し、期間中に県内施設(図書館や博物館、市立公文書館、企業アーカイブ等)と連携したスタンプラリーや、公文書館主催のナイトバックヤードツアー、夜間講座などのイベントを期間中の土・日曜日に複数回実施するほか、記念行事を2日ほど設定し、講演会や企画展とあわせてプロジェクションマッピングや農業高校等の物産展、館内ホワイエ開放による地元店舗の臨時カフェなどのフェスティバルを開催してはどうか等、思いつく限りの意見を出し合った。また教育現場や地域住民、地元企業と連携した企画とすること、SNSの積極的な活用をはかること、YouTuberや地元タレントの活用などの手法についても検討した。

(2-2)グランドデザインから見えた課題と光明(逆転の発想)
 その後、事業全体を予算や実現可能性の観点から企画展、講演会、記念行事について議論を進めたところ、いずれも実現可能と思われた。しかし企画は公文書館が各機関に「協力をお願いする」ものや「参加型イベント」が中心であり、これまで各館で行われてきた普及連携事業と本質的には変わらないものであった。
 「県民の主体的な活動を引き出す新たな普及連携活動ができないか。」この気付きこそが私たちが見出した課題であり、その課題解決に向けアウトリーチ活動をどのように進めていくか挑戦を試みた。

1日目の自由発想を整理した討論たたき台

1日目の自由発想を整理した討論たたき台

 そこで、ふくよか県政150周年事業は「公文書館主導で県の歴史の全体像をどこまで描けるか県民と一緒に挑戦!」をテーマとして、行政機関・民間企業・教育現場・地域や市民社会(4セクター)と公文書館が「協働」という考え方に基づき、企画展示を中心とした事業を展開することとした。その際、公文書館職員は専門性を生かし展示やイベントについてアドバイスなどを行い、各機関を有機的に結びつけるコーディネーターとしての役割を果たすことが重要であると位置づけた。また県政150年事業であることから、これからのふくよか県を考えることのできる「未来志向」の内容とすることを確認した。

行政・教育・企業・地域の各セクターに分かれてアウトリーチの手法を検討。

行政・教育・企業・地域の各セクターに分かれてアウトリーチの手法を検討。

 一例を挙げると、地域・市民社会との「協働」では、県民視点を展示に取り入れるため「ボランティアアーキビスト」募集を呼びかけ、企画展示の一コーナーを県民目線で担当してもらうとともに、広く写真やパンフレットなど(国民体育大会や災害の記録など)の資料提供を一般に呼びかけ、その資料を展示に取り入れることとした。このように各セクターの対象が主体的に活動できるよう、それぞれ事業概要を検討し、公文書館がその実現に向けてどのように関わるかについて議論を重ねた結果、壮大な事業計画の骨子が固まった。
 しかし、4セクターの全ての企画を実現することは館の規模を考慮すると不可能に近い。そこで公文書館の「未来志向」に基づき、これからの時代を担うことになる高校生を対象とした事業に特化した形で検討することとした。
 「高校生が主体となって公文書館に関わり、公文書館職員が専門性を発揮できるところとは何か。」、「公文書館職員の主業務の一つである「企画展示」を、高校生の立案をもとに企画・準備・展示し、公文書館職員は支援に徹する、という公文書館の常識を打ち破る逆転の発想。」。これらを踏まえた新たな歴史学習につながるアウトリーチ活動について以下詳細を述べる。

3.新たな歴史学習のためのアウトリーチ活動

(3-1)活動目的の設定
 県政150周年事業としての展示の大きな目的を、過去に類例のないアプローチを用いて実施することを軸に議論を発展させることとした。議論を行う班員の念頭には、初日の講義で取り上げられた以下の二つの考えがあった。
 第一に、「アウトリーチは、潜在的な利用者(potential users)にリポジトリのコレクションについて知らせ、それらのコレクションについてもっと学ぶことに興味を引き付けるために考案された活動」(Theimer, 2014)というアウトリーチの定義の一つを念頭に置くこと。
 第二に、「歴史資料や遺構の保存・保全などの努力が図られていることに気づくことなどを通して、文化財保護への関心を高め、地域の文化遺産を尊重する態度を養う」という新学習指導要領で示された「資料活用と資質・能力」の育成と「資料保存、保全への理解」をすすめる内容とすることである。
 班員同士で議論を行う中で、歴史資料という「過去」を扱う公文書館が「未来」を扱うこと、そして未来へ向けた取組として、誰を主体とすべきかという議論へと進み、「県の近い将来を担う高校生が現在、そして未来についての多くの示唆にあふれる県民共有の知的資源である公文書の重要性に気づく機会を提供すること」を通じて、公文書館及びその所蔵資料の利用普及を図ることを、今回の事業目的の軸に据えることとした。

(3-2)展示企画の具体的内容
 「高校生が公文書館を含む県内に所在する歴史資料を用いて展示を企画し、実施する」という事業の具体的内容について議論を交わした上で、「公文書館が設定したテーマに即して、高校生から展示企画を募集し、県民参加のコンペにおける投票により選ばれた4校の企画に沿って実際の展示を実施する」という事業の全体像を定めた。また活動状況の記録から高校生の調査研究活動の手引きとなる学習支援動画を作成し、各校に配布することとした。
 この事業を実施するにあたっての業務スケジュールと業務内容の概要は以下の通りである。

事業実施に当たっての各セクターの業務スケジュール

事業実施に当たっての各セクターの業務スケジュール

(3-2-1)事前の準備(1~3月)
 県政150周年事業であることを踏まえ、県内の多様なアクターを取り込んで事業を実行するための事前準備を行う。公文書館としては、知事部局と教育委員会への事業説明、募集するテーマの設定、「募集要項」の作成、民間団体等への助成金の申請、情報発信を行うための専用のSNSアカウント作成等を実施する。なお、募集するテーマとしては、「諸産業の発展」・「大きな出来事(戦争、災害等)」・「教育の歩み」・「国際化(Globalization)」・「スポーツ/文化活動」を指標として目出しすることとした。また民間企業の協賛を得ることや、事業実施のために商工会議所への協力依頼を行うこと、新聞社への協賛依頼のほか、地元ケーブルテレビ局への密着取材依頼を行うことを想定した。

(3-2-2)募集広報及びエントリーの受付(4月)
 作成した「募集要項」を教育委員会と高等学校へ配布するとともに、応募エントリーの受付を開始する。ホームページとSNSを用いて「募集要項」を公開し、エントリー受付を広報することを主眼としている。さらに、県内の情報学系の専門学校の学生とともにPR動画やテレビCM用の映像を製作することに加え、学習支援動画の構成について協議する。さらに民間企業への協力として、可能な施策について随時、協議・調整を開始する。

(3-2-3)エントリーの書類審査(5月)
 各校から寄せられた応募書類を取りまとめた上で10校を選考する。主に公文書館内での作業の比重が大きいが、この時期でもエントリーの状況や選考状況について、随時ホームページやSNSで情報を発信する。また、製作する学習支援動画の構成を決定する。

(3-2-4)教員向け講習会の実施(6月)
 選考された10校の担当教員に対して、公文書館の基本的な情報と所蔵資料、及び資料の利用方法に関する基礎的な講習を実施する。教員自身が公文書館の利用経験が無い場合や不慣れな場合があることを想定して、このような機会を設定することとした。学校現場に戻っても公文書館を利用した教育手法の導入に活かしてもらうことも狙いとする。また密着取材のほか、学習支援動画の製作もこの段階から開始し、作業現場に同行し、随時、編集を進めてもらう。

(3-2-5)高校生による調査研究活動(7~8月)
 夏休みを利用して、10校の高校生と公文書館職員が、企画内容の具現化と用いる資料の検討を行う。公文書館職員は、高校生との定期的な話し合いの場を設け、企画内容を聴取し、所蔵資料や民間企業・地域に所在する文書の調査や資料の選定に参画して取り組む。この活動についてもホームページやSNSで随時発信するとともに、密着取材にも同行してもらう。また、企画をA0判のポスターにまとめる作業を行う。

(3-2-6)コンペの開催(9月)
 前月までの調査研究活動を踏まえて作成した全10校のポスターから、実際の展示を行う学校4校を選考するコンペを開催する。各校の作成したポスターを公文書館に掲示し、来館者に投票をしてもらう。各校のポスターに関するプレゼンテーションを収容人数の多い県民文化会館で行う。すべてのプレゼンテーションが終わった後に、参加者の投票とポスターへの投票により4校(最優秀校1校と優秀校3校)を発表し、各校へ賞状と助成金を授与する。コンペに先立ってPR動画をホームページやSNSで発信することや、テレビCMを放映する。また、県民文化会館に隣接する敷地内で、県内の特産品の販売や特設カフェを併設する。さらに、最寄駅から会場までの無料シャトルバスを運行するなど地元企業にも協力してもらう。

(3-2-7)展示会の準備(10月)
 コンペで選ばれた4校の企画に即した資料の展示会の準備を、公文書館の展示スペースで開催する。実務としては、展示スペースの設営を行うが、その作業にも高校生に加わってもらう。アウトリーチ活動としては、ホームページやSNSでの情報発信に加え、高校生から発案のあった展示手法について、公文書館職員が専門的見地から助言を行う。

(3-2-8)展示会の開催(11~1月)
 高校生と公文書館職員が協力して構成した展示会を開催する。来館者は四つの展示ケースにある各展示を観覧するとともに、興味深いと感じた展示をアンケート用紙に記入して投票する。ホームページやSNSでの情報発信に加え、高校生の調査研究活動の意義について著名人を招いた講演会を開催するとともに、高校生によるギャラリートークやバックヤードツアーを週末に開催する。

(3-2-9)報告会の実施及び学習支援動画の作成(2~3月)
 前月までに開催した展示会の活動報告会を公文書館で行う。県民の参加は自由とする。展示会観覧時のアンケートを集計した結果も報告する。
 公文書館職員は、今回の活動全体の報告書を作成するとともに、完成した学習支援動画とあわせて県内各校へ配布する。また密着取材についてもテレビ放映し、広く県民へ今回の活動の過程と結果を共有する。

(3-3)企画における公文書館の役割とその特徴
 上記の企画全体における公文書館の主な役割は、以下の二つに整理できる。第一に、企画にあたっての全体工程管理をはじめとするマネジメント機能。第二に、教員向けレクチャーや高校生の調査研究活動において助言を行う専門的機能である。
 このうち第二の点について、広報や展示方法等を個別の手法に留めず、高校生が県の未来を考える活動として公文書館とその所蔵資料を活用してもらうこと、そして、その活動を支援するためにアーキビストが専門性を発揮することが、従来のアウトリーチ活動と異なる特徴であり、そのような可能性が見いだされた意義は大きいと考えられる。

(3-4)アウトリーチ活動から期待される効果
 今回のアウトリーチ活動からは、二つの効果が期待される。
 第一に、継続的な利用を促進する事業になることである。展示の最優秀校や優秀校に留まらず、今回の企画に応募した各校に対して公文書館の存在を示すこと、また、ホームページやSNSだけではなくPR動画やテレビCMによる広報によって、普段、接することの少ない県民層に対しても公文書館の存在を知らせ、かつ、参加しやすい形で接点を持つことができる。これにより、幅広い層への利用普及の促進が期待され、公文書館における通常業務(地域史料の発掘)にも深く寄与する。
 第二に、教育現場への波及効果である。資料やデータに基づく高いレベルでの調査研究活動は大学での学びに直結するとともに、キャリア教育にも大きく寄与する。また、これらの活動で得られた経験をAO入試や推薦入試等でPRすることも可能であり、一般入学試験以外の選択肢の幅も広がる。
 さらに、学習支援動画の配布により、教員と若年層である高校生が自発的に公文書館を使い、教材や課題の解決、また成果を出すために活用することにつながり、この点においても大きな利用普及の目的が達成できる可能性が高いといえる。

4.おわりに
 今回の研修で顔を合わせたA班の班員は、公文書館の職員だけでなく、行政職員として県民・市民生活を考える立場や、学校教員として生徒の教育を考える立場等、多様なバックグラウンドを有する構成であった。そのため、お互いに独自の知見を活かしつつ、補い合いながら議論をすることができた。そのことにより、上述のアウトリーチ活動を導き出すことにつながったことは、研修参加者の知的営為において非常に有意義であったと考えている。このような機会を得られたことに、班員各位と研修実施の担当者各位に記して謝意を添えたい。