明治150年特別展「湖国から見た明治維新」を企画して

滋賀県県政史料室
大月 英雄

はじめに

 滋賀県県政史料室は、平成20年(2008)6月、本県が所蔵する歴史的文書(歴史公文書等)を閲覧に供する場として県庁の県民情報室内に開設された。主な業務としては、歴史的文書の閲覧対応、企画展示(年6回)・講演会(毎秋)・解読講座の開催(年6回)、情報紙『滋賀のアーカイブズ』の刊行(年2回)、有期限保存文書の選別・収集などで、公文書館の基本的な機能は、概ね備えている。平成25年9月には、歴史的文書を県内外に広く紹介するため、『公文書でたどる近代滋賀のあゆみ』(サンライズ出版)も出版した。
 所蔵文書の内訳は、明治期から昭和20年(一部占領期含む)までの行政文書9,236冊、行政資料614点である。多領域にわたる公文書が系統的に残されており、近代における滋賀県の諸政策や組織の変遷、地域社会の実態を示す良質な史料群といえる。保存状態も良好で、その内9,068冊が平成25年3月に県有形文化財(歴史資料)の指定を受けている。
 上記の所蔵文書のうち、最も頻繁に利用されている文書群が、明治期の行政文書4,187冊である。平成30年は明治元年から満150年という節目の年に当たるため、明治期の文書を数多く所蔵する当室においても、特別展示を企画することとした。本稿では、その企画概要と特徴を中心に紹介していきたい。

1.企画概要

 明治150年特別展「湖国から見た明治維新」は、本県が所蔵する歴史的文書(歴史公文書等)の紹介を通じて、明治期の滋賀県政の歩みを振り返る連続企画である。平成30年1月から翌31年1月にかけて、全4回にわたり開催を予定している(前年にはプレ企画も実施)。関連する講演会も企画した。

【プレ企画】
・展示「幕末を駆け抜けた彦根藩士―官軍となった井伊の『赤備え』―」
 期間:平成29年7月31日~10月19日
 対象時期:幕末 展示数:20点
・講演会「彦根藩の明治維新」
 日程:平成29年10月18日
 講師:井伊岳夫氏(彦根市教育委員会歴史民俗資料室長)
【明治150年企画】
・展示「滋賀県の誕生―湖国から見た明治維新(1)―」
 期間:平成30年1月22日~4月19日
 対象時期:明治元年~10年頃 展示数:25点
・展示「文明開化と滋賀県―湖国から見た明治維新(2)―」
 期間:平成30年4月23日~7月19日
 対象時期:明治11年~21年頃 展示数:23点
・展示「白熱する滋賀県会―湖国から見た明治維新(3)―」
 期間:平成30年7月23日~10月18日
 対象時期:明治22年~26年頃 展示数:28点
・展示「溢れる琵琶湖、出征する県民―湖国から見た明治維新(4)―」
 期間:平成30年10月22日~平成31年1月24日
 対象時期:明治27年~45年頃 展示数:約30点(予定)
・講演会「琵琶湖の水運史―汽船と鉄道の時代を中心に―」
 日程:平成30年11月21日
 講師:太田浩司氏(長浜市市民協同部学芸専門監)

展示ポスター

展示ポスター

展示の様子

展示の様子


2.展示の特徴

(1)明治時代全体を扱った通史的展示
 本企画の第1の特徴は、維新前後だけでなく、明治時代全体を扱った通史的展示としたことである。これまで当室では、年間5~8回のペースで企画展示を開催してきており、平成29年末段階で、全67回に達している。それぞれの展示では、多様な観点から県政の歩みを紹介してきたが、その一方で全体像が見えづらいという難点があった。歴史的文書を読み解くには、調べたい事柄に関わる時代背景の理解が欠かせないが、本県の県史は、戦後に「昭和編」しか刊行されておらず、明治期の県政史が手薄という課題も抱えていた。そのため本展示では、開室から10年間の集大成的な構成を意識したのである。
 第1期は明治元年から10年頃までである。大津裁判所の設置から、「滋賀県」という行政区画が成立するまでの経緯を中心に紹介した。小学校や地方民会に関わる県政草創期の公文書を数多く展示している。
 第2期は明治11年から21年頃までである。いわゆる地方三新法期を対象とし、県会や郡役所など、新たな地方制度が整備された時期を扱っている。県庁舎が円満院から現在の位置に新設されたのもこの頃である。
 第3期は明治22年から26年頃までである。県庁舎の彦根への移転建議や、坂田・東浅井両郡の分合などをめぐって、県会が大いに白熱した時期である。特別展のなかで最も対象時期は短いが、大津事件を含めて、県政史上重要な事件が数多く起こっている。
 第4期は明治27年から45年頃までである。日清・日露という二度の対外戦争が起こり、琵琶湖大水害、姉川地震などの大災害も頻発した時期である。郡の分合問題が落ち着きを見せ、ようやく府県制・郡制が施行されている。
 以上、本特別展では、明治時代を4つに時期区分し、県政史を中心とした通史的展示を心がけた。おおむね10年単位であるが、地方制度上の画期や時代像のまとまりを意識している。今回の展示を通じて、これまで断片的に紹介してきたテーマや事件が県政史の流れの中で理解できるようになったのではないかと考えている。

(2)地域史の視点を重視
 第2の特徴は、展示名の「湖国から見た」に表れているように、地域史の視点を明確にしたことである。明治維新後、急速に進んだ日本の近代化は、中央政府の主導性が大きいことで知られ、ともすると国の政策をなぞるだけの展示になりやすい。しかし、それでは全国どこでも同じような内容になってしまうし、実際に歴史的文書に触れてみると、それぞれの地域で様々な模索の痕跡が見られる。
 そこで本展示では、国の政策を意識しつつも、なるべく県の独自性が見られる文書を優先的に選ぶこととした。国の政策に従うだけの受動的な地方像ではなく、主体的に時代と向き合う地域の姿を示そうと考えたからである。全国どこでも見られる文書ではなく、当室でしか閲覧できないものを基本的には選択している。
 例えば、小学校の設立に関わっては、「学制」の公布という著名な太政官布告を所蔵しているが、展示では取り上げていない。実際に紹介したのは、「立校方法概略」と呼ばれる県の法令である。同文書では、小学校にかかる費用を戸数割で集めるよう定めているが、極貧者の出資を免除したり、私学・私塾の活用を認めるなど、人民の負担を考慮した柔軟な運用法が示されている。このような県独自の法令を紹介することで、小学校の設立という国の政策が、地域でどのように具体化されていったかを知る手がかりとなるだろう。
 また本展示では、琵琶湖疏水(琵琶湖と京都を結ぶ水路)開削に関して、内務・農商務両省に宛てた県の上申書を紹介している。同疏水は、東京奠都(てんと)で衰退した京都の産業振興に大きな役割を果たしたことで知られているが、当時の滋賀県では水不足を心配する声が大きかったようである。同文書によれば、県の勧業諮問会において、京都までの水路開削は「到底有害無益ノ事業ナリ」との意見も出されたようで、旱魃時の湖水の減量を予防する措置をとるよう求めている。実際に工事中には、大津西部一帯で井戸水が枯れる事態が発生しており、県民の心配は単なる杞憂ではなかったようである。同疏水は、京都を代表する近代化遺産の1つであるが、滋賀県側の視点から開削事業を紹介することで、地域開発がもつ他面的な意味を伝えることに努めた。

「立校方法概略」明治6年2月8日

「立校方法概略」明治6年2月8日

「琵琶湖疏水の義に付上申」明治17年3月19日

「琵琶湖疏水の義に付上申」明治17年3月19日


(3)利用促進のための展示
 第3の特徴は、今回の展示に限ることではないが、展示のための展示ではなく、今後の利用促進を見据えた展示であるということである。公文書館の展示の主な役割とは、所蔵文書を広く紹介することで、同文書の利用を促すことにある(公文書管理法第23条)。そのため、展示文書の選定には、利用者が関連テーマを調べる上で欠かせない文書を優先的に選ぶこととした。単に物珍しい文書を紹介しても、後日利用者が申請書を提出してまで、現物を確認することはまれである。自治体史の史料編に収録されるような汎用性の高い文書を探り当て、その存在を広く県内外の人びとに知ってもらうことにこそ、展示の第一義的な役割があると考える。明治150年企画であっても、長期に渡って意味のある展示になるように、なるべくこの視点は外さないよう心がけた。
 企画終了後は、ホームページ上で全ての展示文書の写真(キャプション付)と図録を掲載している(過去の展示資料「滋賀県の誕生」)。普段当室で受けるレファレンスの一定数は、この掲載文書に関わるものであり、閲覧申請につながることも多い。展示にかかる労力は決して小さくはないが、一度準備した展示物はその場限りのものではなく、確実に室の財産となり続けるものなのである。

おわりに

 以上、簡単ではあるが、今回の展示を企画する際に心がけた3つの特徴を紹介してきた。本展示を通じて最も伝えたかったことは、公文書を含めた広義の地域史料を次代に残すことの重要性である。明治維新の歴史的評価は、立場や見方によって様々な解釈がありうるが、地域に生きる人びとにとっての意味合いは、地域史料を通じてしか迫ることができない。県の歴史的文書は、県内で実施された様々な近代化政策の記録であるとともに、賛否含めた県民の諸反応の記録でもある。明治維新という歴史的大事件を単なる年表上の出来事にとどめずに、現在私たちが生活する地域社会の視点から捉え直す上で、格好の材料となるだろう。このような地域史料が適切に保存されていなければ、中央政府や一部の指導層の立場からだけしか、歴史的事件を理解できなくなるのである。
 今回の特別展では、「明治150年」を切り口として、本県が所蔵する貴重な歴史的文書を系統的に紹介することに努めてきた。本展示を通じて、歴史的文書の意義と魅力が県内外に広く伝わり、1人でも多くの人びとに利用されることを願ってやまない。