公文書等の評価選別-評価選別論の展開と海外での取り組み-

元広島県立文書館副館長
安藤 福平

はじめに

  マクロ評価、レコード・コンティニュアム、レコードキーピング。これらは、前世紀末に起こったアーカイブズ学のパラダイム転換を象徴するキーワードであろう。しかし、日本では公文書館専門職員の間においてさえ、これらに関心が向けられていない現実がある。そこで、本稿ではこれらのキーワードを盛り込んで、なるべくオーソドックスかつ簡潔に評価選別論の転換について紹介し、あわせてカナダとオーストラリアの事情を紹介しようと思う。

1.評価選別論の転換~シェレンバーグ理論からマクロ評価論へ[1]

   レコード(記録)からアーカイブズを選び出す評価選別の理論と実務は、公文書の爆発的増大という事態への対応として考案されてきたといってよい。第一次大戦にともなう公文書の爆発的増大期には、評価選別はレコード作成者(原局)の役割とされ、アーキビストはあくまでアーカイブズの忠実な保管人であるべきとされた(ジェンキンソン理論)。20世紀なかば、大恐慌や第二次大戦にともなう公文書の爆発的増大期には、アーカイブズの保管人であったアーキビストに、レコードからアーカイブズを評価選別する役目が与えられ、ここに本格的な評価選別論が考案された(シェレンバーグ理論)。
 シェレンバーグ理論は、レコードとアーカイブズを区分するライフサイクル論に立脚し、公文書館やアーキビストの必要性、独自性を明確にした。また、レコードの一次的価値(業務上の価値)と二次的価値(研究上の価値)、二次的価値における証拠価値(基本政策レコード、業務遂行レコード、組織管理レコード)と情報価値(個人、団体、場所、事項・事件)の区分に着目し、評価選別の方法論を打ち立てた。その特徴は、レコードの内容(情報価値)重視、現在および将来における利用(二次的価値)重視、個々のレコードをミクロに評価するところにあった。アーキビストには、それらを遂行する能力が期待された。
 そのシェレンバーグ理論も、今日ではさまざまな難点が指摘されるようになっている。研究上の価値評価の困難(あらゆるレコードには何らかの研究上の価値がありうる)、将来における利用予測の困難、個々のレコードを評価する困難(大量のレコードを処理するには実際的でない)、総じてレコードのコンテキストでなくコンテンツに焦点をあてることの非妥当性。さらに、シェレンバーグの後継者たちがレコードとアーカイブズの区分(現用レコード管理の終末期に評価選別し、そこで選び出されたアーカイブズが後半のステージで管理される)を強調し過ぎたため、電子レコードの時代を迎え困難を生じさせることになった、という指摘もされた。
 20世紀の最後の10年間に転換が訪れ、マクロ評価論が登場する。マクロ評価論は、1990年代にテリー・クック主導の下、カナダ内外での活発な議論を経て、2000年に成文化され、2001年にカナダ国立公文書館により公認された。「評価選別方法論:マクロ評価と機能分析」と題し、「概念と理論」、「政府レコードの評価選別実行のためのガイドライン」の2部から成り立っている[2]。
ドイツのハンス・ブームスが1970年代に提唱した「社会的評価論」(アーカイブズ価値の源泉は行政官でもなく研究者でもなく社会であり、評価選別は最小限のレコードにより最大限の社会の姿を保存することにある)を実地に実現させる方策として、組織と組織が担う機能に焦点を当てることによりアーカイブズを特定しようとしたのである。マクロかつトップダウン的に重要な組織、重要な機能・活動を特定する、個々のレコードを分析するのではなく、レコードが作成されるコンテキスト、機能分析を先行させる方法である。
 一方、ライフサイクル論も批判の対象となり、レコードが作成・捕捉され、組織・社会のために利活用される連続体として捉えるレコード・コンティニュアム論がオーストラリアで登場する。これに立脚して、レコードマネジメントとアーカイブズマネジメントを統合したレコードキーピングの考え方が主流となり、レコードマネジメントのオーストラリア国家規格AS4390が1996年に制定される。間もなく、それは世界標準の地位を占め、2001年にISO15489“Information and documentation-Records management”が制定され、2016年に第2版が発行された[3]。
 以上、評価選別論の転換について概略を記した。この転換の意義を明らかにするため、新旧の評価選別論をいくつかの角度から比較してみよう。

2.新旧評価選別を比較する

表1 新旧評価論別比較表

表1 新旧評価論別比較表

図1 レコード・マネジメント図

図1 レコード・マネジメント図


 表1は新旧の評価選別論を対比的に整理したものである。これにより、評価選別論の転換の意義、実務に及ぼす影響が明らかになると思うが、若干の補足説明をしておく。
 旧理論、つまりこれまでの常識では、評価選別は「レコードからアーカイブズを選び出す」ことであったが、レコードキーピング論を反映したISO15489-1第2版は、評価選別(appraisal)を「どの記録を作成し、取り込む必要があるか、及び記録をどのくらいの期間保存する必要があるかを決定するために、業務活動を評価するプロセス」と定義する。はじめにappraisalがあり、それに基づいて種々のレコード制御手段(記録用メタデータ・スキーマ、業務分類スキーム、アクセス及び許可規則、ディスポジション・オーソリティ[4])が設計され、そのうえでレコードが作成・管理されるという論理順(図1)[5]をISO15489-1第2版は示している。appraisalの定義の大転換かもしれないが、レコード作成現場には受け入れられやすいのではないか。
 評価選別の目的でもあり前提でもあるレコードの保存価値については、一次的価値と二次的価値という二元論を退け、アカウンタビリティをプラスして時代の要請に応え、研究利用という狭い視野でなく、多様なステークホルダーを視野に入れたところに新理論(レコードキーピング)の意義がある。
評価選別の主体,関与者については、シェレンバーグ理論ではアーキビストが二次的価値を判定(一次的価値は作成者が判断)するとされていた。マクロ評価論においても評価選別におけるアーキビストの役割は大きいとされるが、レコードキーピングでは現用レコード管理との一体化が図られ、アーキビストには監査人としての役割が期待されている[6]。
 理論の適用可能性については、旧理論のミクロ評価は過去のレコード、個々のレコードを評価するのに有効であり、マクロ評価論においても評価プロセスの最終段階で必要に応じてミクロ評価を実施することを否定しない。しかし、個々のレコードを評価する方法では大量のレコードを評価することは事実上不可能である。マクロ評価論を実地に適用する場合、機能に即した現用レコード管理がなされていないと困難であり、レコードスケジュールなどのツールによりコントロールすることが不可欠である。
 それでは、どのようなレコードキーピング環境を整備するか、そして、レコードスケジュール(レコード・ディスポジション・オーソリティ、Records Disposition Authority、RDA、RA、DAともいう)をいかに作成するか、カナダとオーストラリアの現状を垣間見ることにしよう。

3.評価選別とレコードキーピング環境、そしてレコードスケジュール

   マクロ評価を持続可能なものとするためには、政府による適切なレコード管理政策の確立が不可欠である。カナダでは、その方面でも大きな前進が成し遂げられた。これを担ったのが、政府諸機関のマネジメントを監督・指導するTreasury Board Secretariat(TBS、国家財政委員会事務局)で、Management Accountability Framework(MAF)により政府諸機関の管理運営責任の枠組みを定め、2005年にはPolicy on Management, Resources and Results Structures(MRRS、各省がリソース、事業活動、結果について議会および国民に報告する様式を定型化)を策定した[7]。これらは政府諸機関におけるマネジメントのアカウンタビリティ、透明性の前進を図るものであったが、適切な情報管理・レコード管理がその基盤をなすものとして重視され、Policy on Information Management[8](情報マネジメント政策、2007年)が制定され、さらに、Directive on Recordkeeping[9](レコードキーピングに関する指令、2009年)が発出された。こうして、マクロ評価論が公認された時点と比べて、政府諸機関のレコードキーピング環境は格段に整備され、マクロ評価がその機能を発揮する舞台が整ったといってよい。
 2001年の「評価選別方法論:マクロ評価と機能分析」はなかば歴史遺産となりつつあり、「マクロ評価方法論修正ワーキング・グループ」により修正版を準備することになった。2010年4月に、“Policy on Government Records Appraisal”、“Directive on Macroappraisal”の草稿が出来上がったが、“Guidelines for the Archival Appraisal of Government Records”が未完のため[10]公表に至っていないようである。政策、指令レベルでは固まってもその具体化であるガイドラインの策定が難航しているということだろうか。
レコードキーピング環境整備のうち、評価選別に直結するのは、何と言ってもレコードスケジュールであろう。カナダでもライフサイクル論以来の長い歴史を有するが、それまでの主題分類的な欠陥を払拭するため機能分類の方向への転換が図られているように見受けられる。
 アメリカなどと同様に、カナダでは各機関に共通するレコードを対象とするレコードスケジュールと、機関固有のレコードスケジュールの2種類がある。すなわち、Multi-Institutional Disposition Authority (MIDA、機関共通レコード処分許可書)は国立図書館公文書館が定め、各機関はInstitution-Specific Disposition Authority (ISDA、機関固有レコード処分許可書)を定め、国立図書館公文書館の承認を受ける。The Records Disposition Authorities Control System(RDACS、レコード処分許可書コントロール・システム)というデータベースが稼動し、国立図書館公文書館の職員に加え、2004年から政府機関の全職員がアクセスできるようになっている。現在、国立図書館公文書館が発行した2300以上のdisposition instruments (レコード処分書)が搭載されている[11]。
 つぎに、オーストラリアのレコードスケジュールについて、オーストラリア国立公文書館のウェブサイトにより紹介する[12]。オーストラリアでもカナダと同様、レコード処分許可書(Records Authority、レコード・オーソリティ)には、機関固有と一般の2種類がある。機関固有の業務に関わるレコードに適用される機関固有レコード処分許可書(Agency-specific records authority)は、機関ごとに公文書館が承認するものである。その数は年々増加しており、2018年4月9日現在297である。一般レコード処分許可書(General records authority)は、各機関で共通して行われる業務活動により作成される一般レコードに適用される。37セットが用意されており、そのうち、管理機能(18種)に適用されるのが、Administrative Functions Disposal Authority (AFDA)で、合計すると機能は18で、1068クラス(レコードの集合)がある。AFDAの簡易版として、AFDA Expressも発行されており、こちらは88クラスと簡略になっている。
 レコード・オーソリティは、レコードを分類し、その処分行為(保存期間)を定めるものであるが、レコードをどのように分類するかが問題になる。ISO15489-1はレコードをその業務コンテキストに結び付けることを推奨しており、本家のオーストラリアではその実践がもっとも進んでいると思われる。
 組織の業務活動全体をひとつの体系としてみると、何層かのレベルからなる階層構造を成している。最上層に組織の目標・使命があり、それを遂行するため組織はさまざまな機能を果たす。各機能はいくつかの活動により遂行され、それぞれの活動はいくつかの処理あるいはプロセスをとおして遂行される。レコードを「機能」「活動」という体系、業務分類スキームに位置づけることにより、生成のコンテキストが理解可能となる。そうしたことから、レコード・オーソリティは、「機能」「活動」「クラス(レコード)」の3階層から構成されている。
 最上位に「機能」が置かれ、当該「機能」についての定義、注意書きがあり、その下位に当該機能を成し遂げるため実施されるいくつかの「活動(またはプロセス)」が示される。「活動」についても定義、注意書きがあり、その下位に「クラス」が示される。「クラス」は「活動」により生成するレコードを意味し、ひとつの「活動」から生成するレコードをいくつかの「クラス」に分類するわけである。「クラス」は、クラス・ナンバー、レコードの記述、処分行為(保存期間)から構成される。たとえば、AFDAの18種類の機能のひとつである「財産管理」という機能のオーソリティは、全文253頁で、35のプロセス(活動)から構成されている。そのうちのひとつ「取得」というプロセスには、8種類のクラスが記載されている。そのうち、クラス・ナンバー「1783」は、「国民的重要性を有しない財産を取得したことを記すレコード……」と記述されており、その処分行為は、「財産処分の7年後に廃棄」となっている[13]。

おわりに

   本稿では、評価選別論の転換とカナダ・オーストラリアにおける評価選別の現状、仕組みについて紹介してきた。それでは、日本の現状をどう見るか、どうするかが問われる。
 公文書管理法や公文書管理条例によって、公文書の保存期間満了後の措置(廃棄or公文書館への移管)を行政文書ファイル管理簿やファイル基準表に書き込むことが定められた。いわば、日本版レコードスケジュールである。問題は行政文書ファイル管理簿やファイル基準表の出来、不出来である。業務活動を正確に反映した公文書の分類ができているところでは、大いなる成功が期待できる。しかし、国の場合、相当な困難が前途に待ち構えていると思われる。
行政文書ファイル管理簿は分類表ではなく、公文書の全リストである。業務活動を正確に反映した分類表に「廃棄or 移管」が書き込まれ、公文書館がそれを承認する、分類表(「標準文書保存期間基準」にその役割を担わせたい)に基づき作成された公文書が保存年限管理され、歴史公文書が公文書館に引き渡される、それがレコードスケジュールの本来の姿である。
 行政文書ファイル管理簿にも大分類、中分類、小分類の分類機能があるが、オーストラリアの「機能」「活動」「クラス(レコード)」といった機能分類になっていないため、行政文書ファイル管理簿から業務の体系、階層構造を推定することは、相当困難である。こういう状況では、評価選別は組織名で判断する以外は、個別の行政文書ファイルをチェックすることになる。膨大な組織が生み出す膨大な公文書が相手なので、困難は倍加する。
 筆者はかつて次のように展望・希望を述べたが、その気持ちは、現在ますます強まっている。
  考えられる希望的シナリオは、行政文書ファイル管理簿における分類の業務活動分類の方向への進化、それを反映
  した「標準文書保存期間基準」の進化、「標準文書保存期間基準」を媒介にした公文書館の関与であろう[14]。

[1]評価選別論およびその歴史については、主としてつぎの論文を参照した。テリー・クック(塚田治郎訳)「過去は物語の始まりである-1898年以降のアーカイブズ観の歴史と未来へのパラダイムシフト」記録管理学会・日本アーカイブズ学会共編『入門 アーカイブズの世界-記憶と記録を未来に-』日外アソシエーツ、2006年。
[2]“Appraisal Methodology: Macro-Appraisal and Functional Analysis Part A: Concepts and Theory”、“Part B: Guidelines for Performing an Archival Appraisal on Government Records”
[3]ISO 15489-1:2016(E)Information and documentation-Records management-Part 1:Concepts and principles。日本規格協会が英和対訳版を刊行。 第1版ISO15489-1:2001(E)Information and documentation-Records management-Part 1:Generalの翻訳が、日本規格協会「情報及びドキュメンテーション-レコード・マネジメント-第 1 部:総説」JIS X 0902-1(2005)として刊行されている。
[4]レコード処分許可書。レコードスケジュールともいう。
[5]ISO15489-1第2版の構成はつぎのようである(英和対訳版によるが、取り消し線部分をアンダーライン部分で訂正した)。4記録管理の原理、5記録及び記録システム、6方針及び責任(方針、責任、監視及び評価、能力及び研修)、7査定Appraisal(査定の範囲、業務の理解、記録の要求事項の決定、記録の要求事項の実行)、8記録の統制記録制御手段(記録用メタデータ・スキーマ、業務分類スキーム、アクセス及び許可規則、処分権限記録処分許可書)、9記録の作成・取り込み・管理のためのプロセス(記録の作成、記録の取り込み、記録の分類及び索引付け、アクセス統制、記録の収納、利用及び再利用、記録の移送及び変換、処分)
[6]スー・マッケミッシュ(坂口貴弘、古賀崇訳)「きのう、きょう、あす―責任のコンティニュアム」前掲『入門・アーカイブズの世界-記憶と記録を未来に-』
[7]Catherine A. Bailey,”Past Imperfect? Reflections on the Evolution of Canadian Federal Government Records Appraisal,” Archivaria 75 (Spring 2013)
[8]http://www.tbs-sct.gc.ca/pol/doc-eng.aspx?id=12742
[9]http://www.tbs-sct.gc.ca/pol/doc-eng.aspx?id=16552
[10]注7
[11]http://www.bac-lac.gc.ca/eng/services/government-information-resources/disposition/Pages/program-synopsis.aspx
[12]http://www.naa.gov.au/information-management/index.aspx
[13]http://www.naa.gov.au/Images/AFDA-PropertyManagement_tcm16-93847.pdf
[14]安藤福平「「行政文書の管理に関するガイドライン」の意義―記録管理国際標準(ISO15489)の視点から―」『広島県立文書館紀要』第11号、2011年。