歴史公文書等の利用に係る審査基準の作成について―平成28年度アーカイブズ研修Ⅱグループ討論1班報告

防衛省防衛研究所
金澤 裕之
香川県立文書館
嶋田 典人

はじめに

   本稿は、平成29年1月に実施された国立公文書館アーカイブズ研修Ⅱにおける1班の討議記録である。班の構成は以下のとおりである。
   西山絵里子(国立公文書館)、金澤裕之(防衛省防衛研究所)、吉川達彦(日本銀行金融研究所アーカイブ)、山本麗子(埼玉県立文書館)、嶋田典人(香川県立文書館)、松原文美(沖縄県公文書館)、今井祥子(沖縄県公文書館)、岡田禎夫(府中市立ふるさと府中歴史館)、山口直人(さいたま市アーカイブズセンター)

1班グループ討論の様子(1)

1班グループ討論の様子(1)

   各所属は国、認可法人、県、市と多様であり、歴史公文書等の公開への取り組み方も様々である。討議に際し複数の論点が提案されたが、参加者全員が議論に参画できることに重きを置き、「公文書館開設から間もない自治体が公開審査基準を作成するための方策」という論題を設定した。
   本来は必要な規則を定めた上で開館するのが理想だが、人員・予算の制約から規則が運用に追い付いていない館も多い。厳しい現実の中で何が可能か、各人が異なる立場で考え、議論の成果を今後の実務に落とし込みやすい論点にしたいと考えた。
   また、多様性に富んだ班構成を生かすため、無理に議論を1つの結論に集約させず、各人が職務を離れて自由に意見を交換する場とすることとした。
   なお、本稿の執筆にあたっては、1、2、4項を金澤が、3項を嶋田が担当した。


1 議論の前提

   議論の開始にあたり、モデル自治体として設定したS自治体及び公文書館の現状については以下のとおりである。
(1)S自治体及び公文書館組織について
   平成の大合併で3市が合併し誕生、政令指定都市となる。その後、更に1市が編入した。
   公文書館は3年前に設置。現用文書との連続性への考慮から、首長部局(総務部総務課)の所属であり、現在は市史編纂が業務の大半を占めている。正規職員3人のうち1人は管理職(課長級)、市史編纂担当を含め再任用職員が6人いるが、アーキビストはいない。なお、合併前に公文書館を設置している市はなかった。
(2)所蔵史料及び閲覧状況
   合併前の各市史編纂史料(行政文書・古文書類)を継承しているが、入手経緯、寄贈、寄託、借用の別が分からなくなっているものが多い。
   閲覧申請の内訳は、写真が大部分で、その他旧村役場文書が若干。行政文書の閲覧申請実績はまだなく、館内にはまだ史料閲覧室がない。
(3)文書の選別業務及び今後の移管見込み
   公文書館職員が行政文書の保管場所に出向き、廃棄予定の文書から選別している。この業務は行政文書に慣れた再任用職員が行っている。文書の量は今後もあまり変わらないと思われるが、電子決裁システムの導入により今後、紙媒体と電子文書の比率は変化すると予想される。
(4)現在の利用者及び今後の見込み
   メディア関係者の写真利用、土木・建築業者の建築確認関連の閲覧申請が多い。今後は研究者、郷土史家の利用が増えていくと予想される。
(5)審査の現状及び利用制限情報の傾向
   明文化された公開審査基準はなく、閲覧申請の都度、管理職を除く正規職員2名が審査を行っている。利用制限情報は行政文書の個人情報が最も多く、被差別部落情報が含まれる史料も利用に制限をかけている。
   以上の現状に加え、「政令指定都市への移行により県から市へ権限が委譲される。行政文書の移管量は今後増えていくだろう」、「行政文書の個人情報は、国や県よりも市町村の方が多い。利用制限情報の公開審査は、市町村立公文書館の方が大変である」という指摘があった。この点を鑑み、職員2名が市史編纂事業と並行して閲覧申請の都度公開審査を行っていては、いずれ処理しきれなくなると分析された。これを踏まえ、いよいよS自治体の審査基準作成について議論を進めることとなった。

2 基準の作成

(1)基準作成の要否
   基準作成の議論に先立ち、そもそも基準は必ず必要なのか、ない方が良いという状況はあり得るのか検討した。議論の概要は以下のとおりである。
①   職員は2~3年で異動するため公開審査に関する知識が蓄積できない。アーキビストがいない館では、職員が適切に判断するための最低限の基準が必要。
②   市民への行政サービスの公平性を担保するためには、何らかの基準は必要。
③   詳細な部分まで基準で明文化すると、逆に運用が不便になる面がある。自分の館では国立公文書館の基準を「参考」に留め、細部は史料の性格に応じて判断している。
④   自分の館では「時の経過」の考え方など、基本的に国立公文書館の基準を用いているが、所蔵史料の特殊性から、基準に「個別に判断」という部分を設け、画一的判断の難しい事例に対応している。
   以上、「程度の差こそあれ、行政機関である以上、市民・利用者に筋の通った説明をするため、何らかの基準は必要」というのが意見の大勢で、「基準を設けず、アーキビストが閲覧申請の都度、判断を下した方が良い」という意見は見られなかった。

(2)基準作成の過程
   S自治体公文書館にはアーキビストがおらず、ゼロから基準を作成するのは難しい上、市史編纂を抱えており、基準作成に割ける労力には限りがある。このような状況では、まず国立公文書館や、既に基準を定めている自治体のものを援用するのが現実的であろう。この点については意見の一致を見た。
   しかし、それだけでは不十分である。国立公文書館や他自治体の基準は概略の参考にはなるが、基準の細部は、その自治体、所蔵する史料群の特性に即していなければ、運用上の不都合が生じてくるというのが、指摘された問題点である。

1班グループ討論の様子(2)

1班グループ討論の様子(2)

   行政機関の性格上、基準を一度規則として制定してしまうと、後から不具合が発見されたとしても、法改正のような外的環境の変化がない限り、改正の名目が立ちにくい。実際、現行の基準の不具合を認識しながら、改正を実現できないでいる公文書館も存在しているという事例が討議の中で紹介された。この問題を解決する方法として提案されたのが、以下の手順である。
①   国立公文書館や、S自治体と規模、条件などが類似し、既に基準を制定している自治体のものを下敷きに、S自治体の基準案を作成する。「時の経過」は、国立公文書館の考え方を採用する。
②   作成した基準は規則などの公式な形にせず、当面の間は内規あるいは館内申し合わせとして試行的に運用する。
③   試行期間を設けて審査事例を積み上げ、S自治体の特性に合った形に基準を修正し、その上で条例や規則として制定する。
   これはあくまでS自治体公文書館の状況に対応した基準作成であり、必ずしも普遍性のある方法ではない。しかし、S自治体のようにアーキビストや関連業務に通じた職員がいない中で、基準をはじめ一から公文書館を整備しなければならない自治体では、ある程度有効な方策となり得ると考えられる。

3 業務フロー

   基準策定後、業務を実施する上で検討すべき点として、(1)~(4)が提示された。
(1)審査を行うタイミングについて、申請の都度行うか、事前に行うか。少ない職員数で大量の文書を 事前に審査する時間、労力を考えると、閲覧申請があった時にその都度対応する方がよい。事前に審査をし、目録にもこれら公開可否情報を記載し、全部公開のものは、簡便な方法で即時閲覧ができるようにすれば住民の利便性を高められる。
(2)30年ルールを採用するか否か。ある公文書館では「個人の基本属性(氏名、生年月日、性別、現住所など)」等一般的な情報の審査では、完結年度の翌年度から30年間を利用に供しない期間と定めていた。この度の基準改正により、この30年規定を無くした。
   例として30年を経たPTA役員名簿(住所入り)の公開を挙げ、今まで「慣行として公にしてきた」ことや「時の経過」などと絡めての「個人の基本属性」についての討議である。
(3)軍歴証明や土地の権利証明(農地転用手続など)、個人情報記載の現用価値の高い文書は保存期間を延長し、現用文書として原課の情報公開で対応するか、移管して公文書館で対応か。すなわち原課の業務か、公文書館の役割の一つか。「適切な評価選別なくして公開審査なし」、評価選別の最終決定権が公文書館にあるのか、原課にあるのかにより、公文書館で扱う公文書の種類が変わってくるのではないか。
(4)原課の意見を聴くことを前提に話し合われた。例規(条例)にあるように文書移管時に聴くようになっている。更に公文書館へ住民から閲覧請求があった際、それも文書内容に非公開情報がある場合に限って原課の意見を聴く公文書館の事例があった。すなわち、公文書館が、原課に意見を求める期間を「移管」時から住民からの閲覧請求があった時まで延引し、その請求による「審査」時に意見を述べる事ができる機会を設ける。普段から原課と公文書館の良好な信頼関係は円滑な業務遂行に繋がる。
   以上、館内での審査業務、住民への説明、原課との関係の中で、的確かつスムーズな審査をするための基準が必要である。

4 課題と解決策

   討議では、基準作成のみに留まらず、関連する課題4点とその解決策についても意見が交わされた。
(1)パブリックコメント
   作成した基準をパブリックコメントや有識者会議に諮ることで、市民・利用者の基準への支持を得られるのではないかという意見があった。ただし、市役所の課レベルである公文書館の問題を、パブリックコメントや有識者会議に送ることが可能かという疑問もあり、議論に結論を見なかった。
(2)人員の確保
   公文書館と言いながら、公開審査と基準作成に割ける職員は2名という状況が改善されなければ、根本的解決に繋がらない。しかし、具体的な解決策については、各業務の作業量を積み上げ増員の必要性を説明するといった、理念的議論に留まった。
   しかし、議論の過程で、首長部局、教育委員会という所属部門の得失論に議論が及び、参加者にとり有益な情報交換となった。参加者のうち、自治体の公文書館の所属は以下のとおりに分かれていた。
   ・首長部局:香川県、府中市、さいたま市
   ・教育委員会:埼玉県
   ・指定管理者:沖縄県
   教育委員会所属の公文書館職員からは、予算要求において首長部局の発言力は強い、また、原課との情報共有、業務調整もスムーズに行えるという意見があった。
   その一方で、教育委員会に属していると学校関係の文書選別や教育・普及活動などで強みを感じるという意見もあった。
(3)現用文書管理システムとの連携
   基準作成は、文書のみならず文書管理システムとも関連する。このため、文書課など現用文書の情報公開担当課との連携が不可欠である。具体例として、原課職員に歴史公文書等への理解を深めてもらうための公文書館研修について事例紹介された。
(4)審査事例の蓄積と共有
   各組織で審査事例を蓄積し、全国的に共有化する仕組みが必要である。
   今回の研修により、靖国神社合祀者名簿など同種の歴史公文書等の利用制限情報の扱いで、全国各地の担当者が判断に悩んでいることがわかった。引揚関係史料のように、同じ性格の文書であっても、地方の特性によって捉え方が異なる史料も存在するが、公開審査の事例集等を各公文書館が業務の参考情報として利用できれば、各公文書館の大きな助けになり、利用者ニーズを満たす上での一助となるだろう。また、この点に関し、国立公文書館の旗振りによるデータベース構築を切望するという意見が相次いだ。

おわりに

1班発表風景

1班発表風景

   以上、公文書開設間もないS自治体における審査基準作成という論点で討議を行った。
   冒頭で述べたとおり、本討議では、多種多様な機関からの参加者が日頃の立場を離れて自由に意見を交換することに主眼を置いたため、体系立った結論に至らなかった面があるかもしれない。その代わり、あらゆる角度からの知見が呈され、多様な事例紹介が行われた。参加者にとり貴重な情報交換の場となった点で、本討議は当初の目的を達成したと言えよう。

   最後に、「文書館で公開審査をする側にいると、ともすれば訴訟のリスクを避けるため、必要以上に個人情報を出さないという、守りの姿勢に陥りがちである。今一度、我々は公文書管理法の精神に立ち戻り、基準とは、市民の歴史公文書利用の便を図り、行政サービスの公平性を担保するためのものであるという意識を持たなければならないのではないか」という討議中の発言を紹介し、稿を結ぶこととしたい。