ICAソウル大会 修復ワークショップの実施について

国立公文書館 統括公文書専門官室
公文書専門員   森﨑 正統

1.はじめに

   2016年9月5日(月)~10日(土)の日程で実施された国際公文書館会議(International Council on Archives, 以下ICA)ソウル大会において、国立公文書館(以下、当館)は「被災資料の復旧」をテーマとして、以下の内容で修復ワークショップを行った。

      9月6日(火)9:00~12:30
         第1部 講演「日本における最新のレスキュー修復技術」
         第2部 実演・実習「水損資料への対応」

2.講演「日本における最新のレスキュー修復技術」

   第1部は、長年にわたり被災資料のレスキュー活動を行ってきた国文学研究資料館(以下、国文研)の青木睦准教授の代読として、国文研の高科真紀プロジェクト研究員が「日本における最新のレスキュー修復技術」と題して講演を行った。本講演では、2011年の東日本大震災をはじめとする近年の日本の大規模自然災害における資料の被災状況について報告し、以下2点のレスキュー活動を中心に、日本国内の関係機関による対応と具体的な作業手順について紹介した。

高科真紀氏による講演

高科真紀氏による講演

      (1)日本のレスキュー体制とその活動
      (2)水損資料のレスキュー修復技術

   まず、日本における最近の大規模災害による資料の被災事例として、2011年に発生した東日本大震災を中心に、2015年の釜石市役所における火災、同年の関東・東北豪雨、2016年の熊本地震を挙げ、各災害の特徴、被災状況等について説明した。そして、水害・火災・地震で被災した場合の、焼損・水損・汚損・破損・悪臭・変色・カビ害・腐食等による各被害予想を示した。資料の被災状況については、東日本大震災で実際に被災した資料をサンプルとして回覧し、参加者に被災資料がどのようなものかを実感してもらった。

   次に、現在の日本のレスキュー体制とその活動について紹介した。このレスキュー体制は、東日本大震災時に文化庁の要請を受け国立文化財機構が設置した東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援委員会[1]と大学・研究機関、博物館・美術館・図書館・公文書館等が、協力・連携して救助組織を立ち上げ、人材・資材・資金等を獲得しながら構築したものである。各レスキュー活動は、専門家の指揮の下、アーキビスト・研究者・学芸員・ボランティア等が協力して行い、大きな成果を上げたが、一方で被災した資料は膨大なため、作業は長期にわたり、根気強い協力と支援が必要であった。

会場の様子

会場の様子

被災資料を見る参加者

被災資料を見る参加者



スライドを撮影しながら講演を聞く参加者

スライドを撮影しながら講演を聞く参加者

   さらに、東日本大震災や関東・東北豪雨でのレスキュー活動等の事例を取り上げ、水損資料のレスキュー修復技術について紹介した。特に、古文書(指定文化財)と行政文書という視点から、それぞれへの対応の違いを説明した。古文書は日本国内において歴史資料としての評価が確立されており、恒久的な利用と保存が求められている一方、行政文書は量も多く、その中には有期限文書も多く含まれ、保存期限を経過した文書は将来的に廃棄されることとなる。このため、行政文書と古文書に対して行われたレスキュー修復技術は異なるものであった。

   1つ目の事例として、東日本大震災で被災した岩手県指定文化財「吉田家文書」へのレスキュー修復技術について紹介した。「吉田家文書」のレスキューは、岩手県立博物館の赤沼英男氏らが中心になり洗浄、脱塩、真空凍結乾燥処理を施したあと[2]、国立国会図書館に移送し、綴じを解体して洗浄と漉き嵌め機を用いて専門家による修復作業を行った[3]。
   2つ目の事例として、行政文書に対するレスキュー修復技術について、関東・東北豪雨で大きな被害を受けた茨城県常総市での活動を紹介した[4]。行政文書の場合、被災した自治体の職員は被災者対応のため、避難所の運営や罹災証明書の発行等通常の業務以外の優先業務があり、職員のみでレスキューすることは非常に難しい状況となる。常総市でも、国文研をはじめ多くの機関が協力してレスキュー活動を行った。常総市での行政文書の被災状況は、非現用の歴史的資料(永年文書)が約25,000点にのぼり、水没後約2週間程度放置されたことでカビの発生や、封筒と文書の固着等の被害が見られた。それらの膨大な行政文書を被災状況によって、自然乾燥や真空凍結乾燥、1枚ごとに洗浄・乾燥を行う等の措置を行い、レスキュー活動を行った。現在も、レスキュー活動は継続している[5]。

   講演の最後に、高科氏は被災した資料の修復には多くの人的支援が必要であり、専門技能・知識を持つ人材と持たない人材が協同して作業に当たるため、修復技術を適切に活用できる人材の育成が求められることを強調した。技術の習得は、効率の良い継続したレスキュー修復を可能とし、作業の効率化はカビの抑制や、資料の再利用までの時間を短縮することに貢献する。レスキュー修復技術のノウハウを広く公開・普及するため、今後は、保存技術をわかりやすく紹介するガイドの作成等における関係機関の連携が重要であるとして、講演を終了した。

3.実演・実習「水損資料への対応」

   第2部は、当館業務課修復係3名により、津波をはじめとする水損資料を想定した洗浄技術と効果的な乾燥方法について実演・実習を行った。
   被災地では専門技能・知識を持つ人材が限られることを踏まえ、今回の実習では初心者でも簡単かつ安全に行える方法を紹介し、また、使用する資材も被災現場でも比較的手に入れやすいものを用いて行った。なお、今回行った洗浄・乾燥作業は、東日本大震災時の津波により被災した資料を救援するために発足したボランティア団体「東京文書救援隊」が開発したものである。
   海水によって水損した資料の特徴は、塩分を含むことによって完全に資料が乾燥しないことと悪臭が残ってしまうことである。そのような被災資料を洗浄・乾燥することで、安全にかつ安心して利用に供することが実現できる。この第2部では、まず洗浄・乾燥作業を実演し、その後、参加者に同じ作業を体験してもらった。主な作業手順は以下のとおりである。

(1)資料の記録・撮影
・作業対象となる資料の情報を記録・撮影する。

(2)資料の解体・ナンバリング
・スパチュラやピンセットを使用して綴じ紐を外す。
・解体後、綴じに隠れる場所に柔らかい鉛筆で番号を振る。
・実際には大量の資料に対して同じ作業を同時並行で進めていく。

(3)ドライクリーニング
・刷毛やクリーニングクロス等を用いて泥などの汚れを落とす。
・ただし、資料を傷めてまで全ての汚れを落とす必要はない。
・また、実際には作業が被災後数ヶ月後となることが多く、泥が固着してはがれにくくなっていることがある。

エタノール殺菌・洗浄

エタノール殺菌・洗浄

(4)エタノール殺菌
・ネットの上に資料を置いて消毒用エタノールを噴霧。
・ネットを資料上にかぶせて裏返した後、裏面にも噴霧。
・紙力が弱くなっている資料は水に入れると扱いが難しくなるため、ネットで挟んだ状態で保護しながらエタノールを噴霧すると良い。
・噴霧後は、エタノールを揮発させると殺菌効果が高い。

(5)洗浄作業(フローティング・ボード法)
・バットに水を2~3cm張り、発泡プラスチックボードを浮かべる。
・ボードの上にネットを付けたまま資料を置いて水に沈める。ボードの浮力により初心者でも扱いやすい。
・両面を刷毛で洗う。
・基本的にネットは付けたままとするが、汚れがひどい場合はネットをはずして小筆等で洗う。
・ただし、紙の強度が弱い資料では無理に行うと資料を破損してしまう可能性があるため無理のない範囲で行う。

乾燥・フラットニング

乾燥・フラットニング

(6)乾燥・フラットニング
・資料の両面を吸水マットに挟んで水を吸い取る。
・その後、上側のネットだけ慎重にゆっくり外し、不織布に交換する。
・不織布は、水を吸ったときに伸び縮みが少なくて扱いやすいポリエステル100%のものを使用。
・伸び縮みの大きい不織布では、濡れた資料に置いた際に皺がよってしまう。
・乾燥作業(扇風機による乾燥=エア・ストリーム法)
・不織布に挟んだまま、資料を段ボール板の間に挟む。
・段ボール板の間に風が通るため、段ボール板や吸取紙も同時に乾燥するので効率良く作業を進められる。

(7)整理・製本・保管
・乾燥を終え、フラットになった資料を取り出し、(2)で付与した番号順に並べる。
・簿冊等の綴じ可能な資料は綴じ直し、それ以外の資料は冊ごとにまとめて紐等で束ねる。

吸水乾燥法

吸水乾燥法

   また、別の乾燥方法として、キッチンペーパーを資料のページの間に挟み、それに水分を吸収させて乾燥させる吸水乾燥法の実習も行った。この方法は小規模な水損被害の時に、すぐに対応可能な方法として有効なものである。

   参加者の多くが、最初は慣れない手つきで作業を行っていたが、次第に慣れて笑顔を見せながら当館修復係や参加者相互に会話をしながら作業を進める様子が見られた。また、ネットの材質に関することや洗浄後の乾燥にかかる時間などについて、具体的な質問が多く出た。


部屋に入りきらないほどの参加者

部屋に入りきらないほどの参加者

4.おわりに

   本ワークショップは事前申込制で、申込期限までに定員を満たす30名の申込があったが、当日になって部屋に入りきらないほどの見学希望者が集まった。急遽、席を追加し、交代で実習にも参加してもらい、最終的には59名の参加者を得ることができた。アジア、オセアニア、欧州各国などから参加者が集まり、日本の修復技術への関心と期待の高さが窺われた。南太平洋諸島におけるアーカイブズ保存に取り組む米国の参加者は、南太平洋諸島の湿気が多い環境は日本と酷似しており、ハリケーン被害も多くあることから、水損資料を題材とした今回のワークショップで示された修復技術は、非常に有用であり大変参考となったと述べた。

   本ワークショップには、前日の9月5日に行われた危機管理・防災対策ワークショップ[6]に参加した専門家も多数参加しており、その講師からは、両ワークショップで良い連携がとれたと評価していただいた。さらに、ICA事務次長であるマーガレット・クロケット(Margaret CROCKETT)氏からは、「日本のワークショップは大会参加者から大変好評であった」とのコメントをいただき、今回のワークショップが多くの方々に有意義なものとなったと受け止めている。本ワークショップにおいて示された日本のレスキュー修復技術への期待に応えるため、今後も各国との意見交換や技術交流を促進し、継続的に実施していくことの重要性を改めて認識する機会となった。

[1] 2011年3月30日付の文化庁次長決定「東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援事業(文化財レスキュー事業)実施要項」において設置が明記された。独立行政法人国立文化財機構の東京文化財研究所に事務局を置き、被災地での救援活動に対して保存科学的見地からの助言を行った。当委員会に関する事実関係及び活動成果については、以下の東京文化財研究所ウェブサイトを参照。「被災文化財等救援委員会に関連する情報」(URL:http://www.tobunken.go.jp/japanese/rescue/rescue_info.html)アクセス日:2016年9月30日
[2] 岩手県立博物館の取り組みと「吉田家文書」に対する作業内容は以下を参照。赤沼英男「活動レポート東日本大震災による被災文化財等救援状況‐平成23年度の活動を通して」『岩手県立博物館だより』No. 133、2012年6月、6~7頁。(URL:http://www2.pref.iwate.jp/~hp0910/museum/tayori/data/133/133p6.pdf)アクセス日:2016年9月30日
[3] 国立国会図書館による修復作業の取組や具体的工程は、以下の資料及びFacebookに詳しい。
「被災資料を救う 国立国会図書館の1 年間の取組みを振り返る」『国立国会図書館月報』通巻615/616 号、2012年6月20日、4~10頁。(URL:http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_3498720_po_geppo120607.pdf?contentNo=1#page=6)アクセス日:2016年9月30日
国立国会図書館吉田家文書修復Facebook(URL:https://www.facebook.com/yoshidakeshufuku/?ref=page_internal)アクセス日:2016年9月30日
[4] 当館が常総市において行った救援活動の概要と洗浄・乾燥作業に関しては以下を参照。
筧雅貴、阿久津智広「被災公文書等救援チームの設置及び常総市における活動について」『アーカイブズ』第60号、2016年5月。(URL: https://www.archives.go.jp/publication/archives/no060/4856)アクセス日:2016年9月30日
[5] 常総市における現在の救援活動の一例として、茨城史料ネットのウェブサイトを参照。
URL:http://ibarakishiryou.web.fc2.com/index.html(アクセス日:2016年9月30日)
[6] “Emergency Management and Disaster Preparedness Workshop”
URL:http://www.ica.org/node/16306#W008(アクセス日:2016年9月30日)