今月のアーカイブ |『東京モノレール』
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今月のアーカイブ |『東京モノレール』

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高度成長期、自動車生産の増加により日本にもモータリゼーション時代が到来しました。スピードが求められる一方、交通渋滞などの都市交通の麻痺が深刻な問題として浮かび上がっていました。鉄道網の整備、高速道路の建設等が急速に進められるなか、昭和三九年(一九六四)の東京オリンピック開催を控え、諸外国からの観光客の増加に対応するため、また、深刻な交通難を克服する方策として、羽田空港と都心を結ぶ「モノレール」が計画されました。帝国ホテル社長の犬丸徹三は、外国人観光客を受け入れる立場から、かねてより交通問題に強い関心を抱いていました。犬丸は、ドイツのグレン博士から都市交通対策としてアルヴェーグ式モノレールを紹介されたことをきっかけとして、昭和二八年に、鮎川義介(日産コンツェルン創始者)らとともに、羽田空港と都心部を結ぶアルヴェーグ式跨座型モノレールの開発計画を立ち上げました。アルヴェーグ式は、幅の狭い平面の上に車輪を乗せて車重を支え、左右から案内輪で挟み安定させる方式で、コンクリートのレールの上に空気タイヤをはめた車輪で走行します。

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