今月のアーカイブ |『閣議書でみる筑波研究学園都市のあゆみ』
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今月のアーカイブ |『閣議書でみる筑波研究学園都市のあゆみ』

昭和三八年(一九六三)に、「研究・学園都市の建設について」が閣議了解されて、今年はちょうど五〇年を迎えます。今月は、この閣議了解後の約一〇年間における、筑波研究学園都市のあゆみについて、閣議書を中心にご紹介します。首都への過度な人口集中を防止するため、昭和三六年九月、必ずしも東京都の既成市街地に置くことを要しない官庁(附属機関及び国立の学校を含む)の集団移転を検討するとした「官庁の移転について」〔第二次池田勇人内閣 第三次改造内閣〕が閣議決定されました。移転先の候補地として、富士山麓・赤城山麓・那須高原・筑波山麓があがりましたが、昭和三八年九月の閣議了解「研究・学園都市の建設について」において、「研究・学園都市の所在地は、筑波地区とする」ことが定められました。 研究・学園都市の建設について 官庁の移転について

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