紅葉もみじやまぶん


 紅葉山文庫は、徳川家康(1542〜1616)が慶長7年(1602)、江戸城内の「富士見の亭」に文庫を設けたことに始まります。その後、寛永16年(1639)に文庫が城内の「紅葉山」に移されたことから「紅葉山文庫」といわれています。
 徳川家康の旧蔵本である「駿河御譲本」や「駿河御文庫本」のほか、八代将軍吉宗が採訪させた各地の古文書、長崎奉行に命じて中国から輸入した漢籍(中国で刊行された書物)、大名家等からの献上本なども収蔵されています。
 漢籍では、特に明代から清代の初めにかけて刊行された地方志・医書・随筆・詩文集・戯曲小説などが豊富です。和書では、家康が収集した金沢文庫(北条実時の蔵書庫)旧蔵本のほか、寛永諸家系図伝・本朝がん・徳川実紀など、幕府官撰書の浄書本や名家の自筆本を多く収蔵しています。
 紅葉山文庫に収蔵された書物は、書物奉行によって管理され、限られた人物のみに利用を制限していたため、きわめて保存のよい状態で現在に伝わっています。

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