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10.体系的に残された公文書 ―閣議書

ここでは戦後の社会教育関連の法整備について触れ、法律の制定過程で生じる公文書についてご紹介します。法令の原議書等の綴りは、『公文類聚』『内閣公文』と名称を変えながら、明治期から途切れることなく作成されてきた公文書です。

大正14年(1925)に制定された「地方社会教育職員制」は、昭和17年(1942)11月1日に「行政簡素化実施ノ為ニスル警視庁官制外九勅令中改正ノ件」(勅令第768号)によって廃止されました。その後、昭和24年(1949)に「社会教育法」が制定されましたが、本法において社会教育主事の設置は明記されず、都道府県の設置義務は昭和26年の改正、市町村は昭和34年の改正によって実現しました。

ここでは、昭和24年の「社会教育法」制定に関する文書を見ていきます。事務次官等会議・閣議の案件表と配布資料の綴(第三次吉田内閣次官会議書類綴閣議書類綴)から、4月21日の事務次官等会議、翌22日の閣議において、文部省請議の「社会教育法案」が議題にあがり、決定されたことが読み取れます。一方で、閣議書の原本は『公文類聚(集)』と呼ばれる簿冊に綴られました。閣議書が作成年別に編綴され、「社会教育法」は「学事」の分類に含まれています。

関連資料公文類聚と内閣公文

先にご紹介した『公文類聚』には、明治15年(1882)から昭和29年(1954)までの文書が編綴されています。昭和30年からは、閣議書の綴は『内閣公文』と名称変更しました。『内閣公文』は、保存文書分類表に基づいて「厚生」「国土・開発」等に区分され、さらに保存期間別に編集されています。

例えば、昭和34年4月30日の「社会教育法改正」の閣議書は、『内閣公文』において「教育文化」の永久保存文書として分類されています。

内閣公文(教育文化)(写真点数:5点)
事務次官会議資料(昭和24年4月21日)
閣議資料(昭和24年4月22日)
公文類聚(昭和24年・学事)

※写真をクリックすると拡大画像が表示されます

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