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トップ > 山県有朋 > 8.山県公国葬書類(大正11年)

山県公国葬書類(大正11年)

山県は、2度の内閣総理大臣を務めたのち、日露戦争時に参謀総長、その後枢密院議長を歴任。その後も元老として、内閣の交替などに関与、伊藤博文亡き後の日本の運営に隠然たる影響力を保持していました。また、山県は庭園に強い関心を示し、椿山荘(東京都文京区)などを造営したほか、森鴎外(1860〜1920)ら文化人を集めたサロンを築きました。大正11(1922)年2月、死去(83歳)。同月、東京市日比谷公園で国葬が執り行われました。

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