第1章 古代の交流

林邑楽りんゆうがく

 林邑(チャンパ、現在の中部ベトナム)出身の僧・仏哲ぶってつによって、8世紀頃に日本に伝えられたとされる舞楽です。日本の雅楽伝統において、舞楽は大別して朝鮮半島由来の高麗こま楽の伝統(右方の舞)と、中国大陸由来の唐楽の伝統(左方の舞)に分けられますが、林邑楽は9世紀ごろまでには後者に組み込まれ、長らく宮廷や寺院の法会などで演奏されてきました。現在のベトナムの宮廷音楽との関連性は定かではありませんが、日本に現存する「林邑八楽」(8つの曲目で構成される)は、雅楽の中でもよく知られた楽曲となっています。なお、ベトナム宮廷音楽は、2009年、UNESCO無形文化遺産として登録されています。
 ここでは、古代の日本とベトナムの交流を代表するものとして、林邑楽にまつわる資料を紹介します。

1  東大寺要録とうだいじようろく

 12世紀頃に編纂されたもの(編者不詳)を、東大寺僧・観厳が整理・加筆して完成させた記録です。原本は現存しておらず、ここで紹介する『東大寺要録』は江戸時代の写本で、京都の公家・坊城家に伝えられたものが、明治時代に内閣文庫に寄贈されました(全3冊)。
 『東大寺要録』の第一章にあたる「本願章」には、天平8年(736)、林邑の僧・仏哲が、インド出身の婆羅門バラモン僧・菩提遷那ぼだいせんななどとともに来朝したことが記されています。菩提遷那は、東大寺大仏の開眼供養師を務めました。林邑楽を伝承したと伝えられる仏哲の事績はほとんど知られていませんが、中世に編纂された高僧伝
元亨釈書げんこうしゃくしょ』(1322年成立)には、慈悲の心が強く、法力に優れた僧で、海へ出て龍神と問答する様子などが描かれています。
国立公文書館

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2  続日本紀しょくにほんぎ

 資料1の『東大寺要録』は12世紀になってから編纂されたものですが、それよりも古い歴史書として、延暦16年(797)に完成された勅撰国史『続日本紀』があります。『日本書紀』の続編として、文武天皇の即位(697)から桓武天皇延暦10年(791)までの9代95年間の歴史を記しています。ここに紹介する写本は、僧侶の梵舜ぼんしゅんが慶長18(1613)年に徳川家康に献上し、紅葉山文庫におさめられたものです。
 24巻目に所収されている天平宝字7年(763)正月庚申(17日)条の記事には、淳仁天皇が五位以上の官人と外国の使節等をもてなした饗の席で、唐楽や吐羅とら楽などとともに林邑楽が奏されたとあります。これは日本の歴史書で、「林邑楽」に言及した最初の記事です。『続日本紀』の編纂時期から推して、林邑楽が少なくとも8世紀後半には日本に伝わっていたことが確かめられます。
国立公文書館

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3  南郊祀におけるベトナムの宮廷楽団(20世紀初期)

 写真は、20世紀初期の南郊祀における宮廷楽団を写したものです。
 宮廷音楽(Nhã nhạc)は記念式典や歓迎式典、宮廷での宴などで演奏された、幅広い音楽と舞踊の形式を言います。グエン朝期、宮廷音楽は、Giao Nhạc, Miếu Nhạc等の様々なジャンルで構成されていました。
 Giao Nhạcは南郊祀(天と地、その他の重要な精霊を祀る儀式)で奏された音楽です。この祀りは、もともとは年に一度行われていましたが、成泰帝時代以降、財政的状況により、三年に一度開催されるようになりました。封建制度の下で、春に行われる最も重要な儀式であり、天下泰平、繁栄や天候の好順などが祈願されました。
 南郊壇は阮朝の国王が天に捧げものをするための場として、嘉隆帝時代の1803年、アン・ニン村に建設されました。その後、王宮の南部にあたる、現在の場所(フエ市チュオンアン区)に移設されています。
 大規模な楽団(Đại Nhạc、大楽)による演奏は、通常は南郊祀のような大礼の際に、太鼓や木管楽器、その他打楽器のような、よく知られた楽器を使って行われました。
フエ遺跡保存センター

4  タイホア(太和)宮殿前で演奏する王立楽団

 ベトナム宮廷音楽(Nhã nhạc)は、高度に芸術的価値のある、伝統的な音楽様式です。通常は、国中から選ばれた多くの才能ある演奏家によって演奏されました。ここに紹介する写真は、タイホア宮殿前で演奏する王立楽団を撮影したものです。写真に見える楽器は、太鼓や竹製の拍子木、木管楽器などです。
 タイホア宮殿は、阮朝の国王が100年以上にわたって国を支配する拠点となった、王都フエにおける最も重要な建物でした。多くの研究者が指摘するところによると、「タイホア」は、陰と陽、人と自然における至高の調和をあらわす、非常に哲学的な意味をもつと考えられています。この概念に基づき、人の生命が調和すると、宇宙における全ての関係性が平穏と繁栄にいたるのです。宮殿の建設は、1805年2月に始まり、同年の10月に完成しました。
フエ遺跡保存センター

5  ベトナム宮廷音楽の楽譜

 ベトナム宮廷音楽は、祭礼やベトナムと近隣諸国の宮廷の交流式典などの際に演奏される音楽形式で、ベトナム語で「Nhã nhạc」と言い、「上品な音楽」を意味します。ベトナムの宮廷音楽は15世紀頃に登場し、阮朝(1802-1945)の時代にその発展が頂点に達します。当時、行事や状況に即して礼部(儀礼を司る官庁)によって作曲された、様々な歌詞と楽譜により、宮廷音楽のジャンルは非常に豊かで多様なものとなっていました。
 ここに紹介するのは、2種類の写本からの抜粋で、左側は宮廷儀式で用いられた歌詞が書かれたもの、右は楽譜です。
 資料は、2008年に、宮廷楽師ル・フ・ティ氏よりフエ遺跡保存センターが収集し、現在は、同センターのフエ王宮伝統芸術劇場で保管されています。
フエ遺跡保存センター
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